第三十七章 天国の死・地獄の死

知的有機生命体である人間だけが部分観の他殺(病死・事故死・無駄死)という死に方をする。
死の概念の正体がここにある。
他殺は死期がわからない。
他の有機生命体は全体感の自殺(自然死)という死に方をする。
死の観念の正体がここにある。
自殺(自然死)は死期がわかる。
自殺は生命源である地球の重力と感応する行為であり、他殺は感応しない結果である。
自然死は無意識の自殺であり、自殺は意識の自殺であります。
自然とは無意識の全体感のことであり、自分、つまり、自我意識(エゴ)とは意識の部分観であります。
従って、
自然死とは、誕生・生・死という円回帰運動に他ならない。
イエス・キリストの復活とは、誕生・生・死という円回帰運動に他ならない。
自殺とは、自我意識(エゴ)の死に他ならず、自我意識(エゴ)の死によって、誕生・生・死という円回帰運動に復活することに他ならない。
病死・事故死・無駄死といった他殺とは、有機物から無機物への墜落に他ならない。
復活する死は天国の死であり、墜落する死が地獄の死に他ならないわけで、わたしたち人間だけに地獄へ墜落する死が待ち受けているから、死が恐ろしくて仕方ないのです。
死期のわかる死が天国の死であります。
死期のわからない死が地獄の死であります。