第三十六章 死の概念・死の観念

知的有機生命体である人間だけが部分観の他殺(病死・事故死・無駄死)という死に方をする。
死の概念の正体がここにある。
他の有機生命体は全体感の自殺(自然死)という死に方をする。
死の観念の正体がここにある。
拙著「夢の中の眠り」で、この世(宇宙)は「二元論」・「全体と部分の相対性の法則」・「在り方と考え方」の三つの法則が働いていると述べましたが、他の生き物が「在り方」、つまり、全体感のみで生きているのに対し、わたしたち人間だけが「在り方と考え方」の分裂的な部分観で生きている結果、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれるわけです。
死の概念を持つとは、「在り方と考え方」の分裂的生き方をする結果の産物に他なりません。
死の観念を持つとは、「在り方」の全体感的生き方をする結果の産物に他なりません。
従って、死の観念を持つとは、地球の「想い」である重力波と感応して生きることであり、必然的に、死期は自ら事前にわかるのです。
従って、死の概念を持つとは、地球の「想い」である重力波と感応しないで生きることであり、必然的に、死期は死ぬまでわからないのです。
悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる人生を送るのは、真の親である地球の「想い」を理解していない結果であります。