第三十章 謙虚な生き方

自然死も自殺の一形態に過ぎず、誕生して生を受けたものはすべて自殺するのが当たり前です。
わたしたちは自殺という言葉を否定的に捉えている。
自殺は無意識死と意識死の二つがあり、自然死を無意識死、自殺を意識死と言い換えた方がいいかも知れません。
従って、全体感で生きることを無意識生、部分観で生きることを意識生と言い換えた方がいいでしょう。
無意識の誕生・生・死。
意識の誕生・生・死。
死の概念を持つ生き物・人間は意識の誕生・生・死をする。
死の概念を持たない他の生き物は無意識の誕生・生・死をする。
人間はみんな自分のことをそこそこだと思っています。
だから自殺もせずに生きてゆけるのです。
死の概念を持つ人間が自殺を否定して生きているのは、自分のことをそこそこだと思っていることに他なりません。
自殺を否定して生きると、死が怖くなるのは当たり前です。
自殺を肯定してはじめて、死が怖くなくなるのです。
自殺を肯定するには、自分はそこそこだと思えない謙虚になることであり、自分はそこそこだと思うことは地球に対する傲慢な態度に他なりません。
意識して生きているわたしたち人間にとって、自殺が唯一の死の形態であると看破した者こそ謙虚な生き方をするのです。