第八章 人間の使命

絶対一元論の世界は、自然と一体感の世界であります。
ただ死ぬだけの自己完結の自然死を体で知っている死の観念があるだけです。
相対二元論の世界は、自然の部分観の世界であります。
未だ来ぬ未来にある死を知る、つまり、“いつか自分も必ず死ぬ”という自己矛盾の死の概念が生まれた世界です。
絶対三元論の世界は、自然の部分観を経験した上で、自然との一体感を取り戻した全体観の世界であります。
“生も死もない”という絶対一元論の一体感から、“生が好くて死が悪い”好いとこ取りの相対一元論の部分観を経験して、“生と死は同じで、死が本質であり、生は死の不在概念に過ぎない”という相対二元論の本質を理解した部分観を経験して、“生と死を超える”という三元論の全体観に辿り着くのが、わたしたち人間の全体使命であり、部分使命でもあります。
絶対一元論→相対二元論→絶対三元論。
一体感→部分観→全体観。
一体感は、「在り方」一如の死を知らない世界感。
つまり、死期のわかった自然死の自殺の世界です。
部分観は、「在り方」と「考え方」の死を知った世界観。
つまり、病死や事故死といった突然死の他殺の世界です。
全体観は、「在り方」も「考え方」も超えた死を超えた世界観。
つまり、自分の命は自分で絶つ、死期を自分で決定する完全自殺の世界です。
知性の目差すべき世界観とは、使命を知る世界観に他なりません。