第七十六章 動画面(アニメーション)の世界

二十一世紀の人類は、死の概念(知性・知識)も死の観念(感性・知恵)も超えた生き方をしなければなりません。
その鍵は、「静中有動」であります。
“静止の中に運動あり”
“運動と静止は同じで、静止が本質であり、運動は静止の不在概念に過ぎない”
生と死。
オスとメス。
善と悪。
強と弱。
賢と愚。
富と貧。
幸福と不幸。
天国と地獄。
神と悪魔。
健康と病気。
支配者と被支配者。
・・・・・・・・。
これらはすべて、
運動と静止に置き換えられる。
生とは運動であり、死とは静止である。
オスとは運動であり、メスとは静止である。
善とは運動であり、悪とは静止である。
強とは運動であり、弱とは静止である。
賢とは運動であり、愚とは静止である。
富とは運動であり、貧とは静止である。
幸福とは運動であり、不幸とは静止である。
天国とは運動であり、地獄とは静止である。
神とは運動であり、悪魔とは静止である。
健康とは運動であり、病気とは静止である。
支配者とは運動であり、被支配者とは静止である。
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動画面(アニメーション)とは運動であり、静止画フィルムとは静止である。
動画面(アニメーション)とは映像であり、静止画フィルムとは実在である。
結局の処、
動いているものはすべて映像であり、静止しているものが実在なのであります。
137億光年の拡がりを持つとされている“運動の光と音の宇宙”は大パノラマの映像に過ぎなかったのであり、その中の砂塵の一粒に過ぎないわたしたち人間の一生など一瞬の動画面(アニメーション)に過ぎないのであります。