第七十四章 死の概念 V.S. 死の観念

人間が考えるという所以は、すべて死の概念が基にあるからです。
人間が知性(知識)の生き物である所以です。
つまり、知識とは、
“生が好くて死が悪い”という考え方です。
“オスが好くてメスが悪い”という考え方です。
“善が好くて悪が悪い”という考え方です。
“強が好くて弱が悪い”という考え方です。
“賢が好くて愚が悪い”という考え方です。
“富が好くて貧が悪い”という考え方です。
“幸福が好くて不幸が悪い”という考え方です。
“天国が好くて地獄が悪い”という考え方です。
“健康が好くて病気が悪い”という考え方です。
“神が好くて悪魔が悪い”という考え方です。
“支配者が好くて被支配者が悪い”という考え方です。

他の生き物が考えないという所以は、すべて死の観念が基にあるからです。
自然の生き物が知恵の生き物である所以です。
つまり、知恵とは、
“生と死は同じで、死が本質であり、生は死の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“オスとメスは同じで、メスが本質であり、オスはメスの不在概念に過ぎない”という在り方です。
“善と悪は同じで、悪が本質であり、善は悪の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“強と弱は同じで、弱が本質であり、強は弱の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“賢と愚は同じで、愚が本質であり、賢は愚の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“富と貧は同じで、貧が本質であり、富は貧の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“幸福と不幸は同じで、不幸が本質であり、幸福は不幸の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“天国と地獄は同じで、地獄が本質であり、天国は地獄の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“健康と病気は同じで、病気が本質であり、健康は病気の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“神と悪魔は同じで、悪魔が本質であり、神は悪魔の不在概念に過ぎない”という在り方です。
“支配者と被支配者は同じで、被支配者が本質であり、支配者は被支配者の不在概念に過ぎない”という在り方です。

死の概念を持って生きる者は、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる生き方をします。
死の観念を持って生きる者は、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれない生き方をします。