第七十二章 静中動あり

死中有活(死中活有り)
苦中有楽(苦中楽有り)
忙中有閑(忙中閑有り)
壷中有天(壷中天有り)
意中有人(意中人有り)
腹中有書(腹中書有り)
六中観であります。
“生が好くて、死が悪い”という考え方からは、「死中有活」の発想は到底望めません。
“生と死は同じで、死が本質であり、生は死の不在概念に過ぎない”という在り方で以ってはじめて、「死中有活」の発想になれるのです。
この原点にあるのは、「静中有動」に他なりません。
つまり、
運動・静止は二律背反要因ではなく、補完要因であり、静止の中に運動があるわけです。
わたしたちの運動宇宙は、静止宇宙の不在概念、つまり、映像に過ぎないのであります。
“自分独りだけが実在であり、他者はすべて映像である”ことを理解できない限り、「静中有動」の発想は到底望めません。
「静中有動」の発想ができなければ、「死中有活」の発想は到底望めません。
「死中有活」の発想ができなければ、六中観の発想は到底望めません。
六中観の発想ができなければ、
「女中有男」
「悪中有善」
「弱中有強」
「愚中有賢」
「貧中有富」
「不幸中有幸」
「地中有天」
「魔中有神」
「病中有健」
「奴中有王」
の発想は到底望めません。