第六十八章 『今、ここ』と現在

知性とは、部分観という自他の区分け(差別)能力に他ならない。
従って、
死とは、五感の死だけであって、肉体の死ではない。
死とは、「想い」の死だけであって、肉体の死ではない。
死とは、知性(大脳新皮質)の死だけであって、肉体の死ではない。
死とは、自他の区分け意識の死であって、全体の死ではない、
人間だけにある大脳新皮質とは、五感(五観)が受信した情報を肉体に伝達する器官であり、まさに、全体感と部分観の橋渡し役の機能を持った器官であると言えます。
大脳古皮質や旧皮質しかない他の生き物たちが全体感で生きている所以がここにあるのです。
大脳古皮質や旧皮質しかない他の生き物たちが絶対一元論で生きている所以がここにあるのです。
大脳古皮質や旧皮質しかない他の生き物たちが『今、ここ』で生きている所以がここにあるのです。
逆に言えば、
大脳新皮質(知性)がある人間が部分観で生きている所以がここにあるのです。
大脳新皮質(知性)がある人間が二元論で生きている所以がここにあるのです。
大脳新皮質(知性)がある人間が過去・現在・未来に想いを馳せて生きている所以がここにあるのです。
更に悪いことには、
知性の乏しい人間が、部分観の部分観で生きている所以がここにあるのです。
知性の乏しい人間が、好いとこ取りの相対一元論で生きている所以がここにあるのです。
知性の乏しい人間が、現在だけで生きている所以がここにあるのです。
『今、ここ』と現在とは違う世界の話なのであります。