第六十五章 想い・魂・心の正体

自己の肉体と他者(自己以外のすべてという意味での他者)の肉体との境界線である五感という蜃気楼(映像)が、個体としての「想い」を形成していただけのことであります。
宇宙・自然を貫く真の輪廻転生は、“魂(「想い」)は滅びても、肉体は永遠に生き続ける”に他ならないのです。
“肉体は滅びても、魂(「想い」)は永遠に生き続ける”は、人間社会、しかも、数少ない支配者側が自分たちの都合で捏造した虚偽の輪廻転生に他ならないのです。
従って、
真の輪廻転生によって、他者はすべて映像であることが証明されるわけです。
自己が肉体であり、他者が「想い」に他ならない。
自他の区分け意識こそが、五感によって生じる「想い」の正体であり、「魂」の正体であり、「心」の正体であります。
HOという分子化合物で喩えれば、
水蒸気という気体の状態や、水という液体の状態や、氷という固体の状態が、HOという分子化合物の「想い」であり、「魂」であり、「心」であるわけです。
水蒸気という気体の状態では、形は自身次第で決め、上昇志向を持っている、つまり、運動状態にある。
水という液体の状態では、形は相手次第で決め、下降志向を持っている、つまり、運動状態にある。
氷という固体の状態では、形は自身次第で決め、流れはない、つまり、静止状態にある。
しかし、HOという分子化合物の状態としては何の変化もない。
わたしたち人間という有機生命体(有機化合物)で喩えれば、
誕生という状態や、生という状態や、死という状態が、わたしたち人間という有機生命体(有機化合物)の「想い」であり、「魂」であり、「心」であるわけです。
誕生という状態が、生という状態が、死という状態が、「想い」であり、「魂」であり、「心」であるわけです。
しかし、有機化合物を形成している基の物質の状態としては何の変化もない。
「想い」や「魂」や「心」とは、まさに「映像」に過ぎないのであります。