第六十一章 「あの世」を捏造した卑劣な宗教

死の問題を先伸ばしにする限り、この世的成功であろうが、あの世的成功であろうが、何の意味も持たない。
この世とは。
あの世とは。
輪廻転生説が人間社会に生まれた背景には、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度が人間社会に誕生したことがあります。
今から3000年前にインド亜大陸に白色系アーリア人が西方から侵入して先住民のドラビダ人を支配するようになった。
インド・アーリア系という白人のルーツの誕生ですが、その時、ジャイナ教、ヒンズー教、延いては仏教の元祖と言われるバラモン教という宗教がインドにはじめて誕生して、「ヴェーダ」という聖典が書かれた。
「ヴェーダ」の中で輪廻転生説がはじめて登場したと同時に、「ヴェーダ」の中でカースト制度の原点であるヴァルナという身分制度がはじめて説かれた。
つまり、輪廻転生説とカースト制度は一枚岩の関係にあったわけです。
カースト制度とは、江戸幕府を開いた徳川家康が「士農工商」制度を制定する際にモデルにした差別制度の元祖であります。
最上位にバラモン(僧侶)を、その下にクシャトリア(戦士)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(農奴)の4階級を置いた階級制度、つまり、差別制度です。
徳川家康は自分が武士、つまり、クシャトリア(戦士)階級に当たるため、武士を最上位に置いたのが「士農工商」制度であります。
カースト制度は、更にその下にアチュード(不可触民)という最下層をつくり、先住民のドラビダ人をアチュード(不可触民)としたのです。
徳川家康が、「士農工商」の更に下に穢多・非人という最下層をつくり、平安時代以前からあったと云われる熊襲や蝦夷やアイヌ・・・といった原日本人(先住民)を穢多という階級に追いやったのも、カースト制度のアチュード(不可触民)を猿真似しただけです。
熊襲の国とは広義には匈奴の国のことであり、狭義には弥生人以前に九州に住んでいた先住民、つまり、縄文人のことであり、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の熊襲征伐の話が日本書紀にも書かれています。
熊本県の語源は熊襲から来ているのです。
畢竟、穢多とは、日本に侵入してきた弥生人の前に住んでいた縄文人のことを指すわけで、決して穢の多い人達ではなかったのです。
何故、彼らはアチュード(不可触民)や穢多という階級をつくったのか。
バラモン(僧侶)やクシャトリア(戦士)といった支配者階級が、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(農奴)といった被支配者階級を抑え込む方策として、更に下のアチュード(不可触民)をつくった。
貴族や武士といった支配者階級が、農民、職人、町人、つまり、農工商といった被支配者階級を抑え込む方策として、穢多・非人をつくった。
そして更に巧妙な手として、この世で支配者階級のために苦役を全うした被支配者階級の者は、あの世からこの世に生まれ変わった暁には支配者階級に上がれるという卑劣極まりない輪廻転生説を捏造したのです。
“自殺したら、あの世で地獄に落ちる”といった“あの世”であります。
この世的成功と、あの世的成功とは一枚岩だったのです。
人間社会の実相は、国家や社会や会社や家族などあったわけではなく、支配する者と支配される者の二層構造があっただけです。
今こそわたしたちは、そのことに気づかなければなりません。