第五十五章 天国・地獄の概念

“天国が好くて地獄が悪い”という考え方が、わたしたち人間の錯覚だったのです。
天国とは、一体どんなところなのか。
病気のないところ・貧乏のないところ・悩みのないところ・・・いわゆる四苦八苦のないところ、つまり、「・・・のないところ」を天国と言うのです。
「・・・のないところ」の「・・・」は地獄のところです。
畢竟、天国とは、実体などなく、地獄の不在概念に過ぎません。
好い・悪いというのは、自我意識(エゴ)にとっての好い・悪いという判断であって、本当の自分、つまり、全体観にとっては好い・悪いといった判断など一切ないのです。
自我意識(エゴ)は実現能力を一切持っていません。
何故なら、自我意識(エゴ)とは、過去・現在・未来に「想い」を馳せる部分観に他ならないからです。
実現能力を持っているのは、『今、ここ』を生きる全体観であります。
『今、ここ』を生きる全体観には自我意識(エゴ)が介入する余地はありません。
従って、
成熟した自我意識(エゴ)で以って、『今、ここ』を断続的であっても生きる以外、わたしたち人間にとっての道はありません。
そのためには、
“地獄が好くて天国が悪い”とするコペルニクス的どんでん返しの考え方に変わらなければならないのです。
それがまさに、正しい概念(正しい「考え方」)に他なりません。
“天国が好くて地獄が悪い”という考え方こそが、天国・地獄の概念(天国・地獄の間違った知識=天国・地獄の間違った「考え方」)なのであります。
つまり、
“地獄に行きたくない”という地獄の(不在)概念こそが、“天国が好くて地獄が悪い”という天国・地獄の概念(天国・地獄の間違った知識=天国・地獄の間違った「考え方」)に他ならないのであります。