第五十四章 幸・不幸の概念

“幸福が好くて不幸が悪い”という考え方が、わたしたち人間の錯覚だったのです。
幸福とは、一体どんな状態なのか。
病気でない状態・貧乏でない状態・悩みのない状態・・・いわゆる四苦八苦のない状態、つまり、「・・・のない状態」を幸福と言うのです。
「・・・のない状態」の「・・・」は不幸な事柄です。
畢竟、幸福とは、実体などなく、不幸の不在概念に過ぎません。
好い・悪いというのは、自我意識(エゴ)にとっての好い・悪いという判断であって、本当の自分、つまり、全体観にとっては好い・悪いといった判断など一切ないのです。
自我意識(エゴ)は実現能力を一切持っていません。
何故なら、自我意識(エゴ)とは、過去・現在・未来に「想い」を馳せる部分観に他ならないからです。
実現能力を持っているのは、『今、ここ』を生きる全体観であります。
『今、ここ』を生きる全体観には自我意識(エゴ)が介入する余地はありません。
従って、
成熟した自我意識(エゴ)で以って、『今、ここ』を断続的であっても生きる以外、わたしたち人間にとっての道はありません。
そのためには、
“不幸が好くて幸福が悪い”とするコペルニクス的どんでん返しの考え方に変わらなければならないのです。
それがまさに、正しい概念(正しい「考え方」)に他なりません。
“幸福が好くて不幸が悪い”という考え方こそが、幸・不幸の概念(幸・不幸の間違った知識=幸・不幸の間違った「考え方」)なのであります。
つまり、
“不幸になりたくない”という不幸の(不在)概念こそが、“幸福が好くて不幸が悪い”という幸・不幸の概念(幸・不幸の間違った知識=幸・不幸の間違った「考え方」)に他ならないのであります。