第四十七章 常識とは錯覚

錯覚とはコペルニクス的どんでん返しの逆説現象に他ならない。
“生が好くて死が悪い”のが錯覚だったのです。
“死が好くて生が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“オスが好くてメスが悪い”のが錯覚だったのです。
“メスが好くてオスが悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“善が好くて悪が悪い”のが錯覚だったのです。
“悪が好くて善が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“強が好くて弱が悪い”のが錯覚だったのです。
“弱が好くて強が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“賢が好くて愚が悪い”のが錯覚だったのです。
“愚が好くて賢が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“富が好くて貧が悪い”のが錯覚だったのです。
“貧が好くて富が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“幸福が好くて不幸が悪い”のが錯覚だったのです。
“不幸が好くて幸福が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“天国が好くて地獄が悪い”のが錯覚だったのです。
“地獄が好くて天国が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“神が好くて悪魔が悪い”のが錯覚だったのです。
“悪魔が好くて神が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“健康が好くて病気が悪い”のが錯覚だったのです。
“病気が好くて健康が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。

“支配者が好くて被支配者が悪い”のが錯覚だったのです。
“被支配者が好くて支配者が悪い”のがコペルニクス的どんでん返しの考え方です。