第四十五章 究極の「考え方」(3)

概念(「考え方」)とは、間違った観念(間違った「在り方」)に他ならない。
観念(「在り方」)とは、正しい概念(正しい「考え方」)に他ならない。
概念とは、知識と言い換えてもいいでしょう。
観念とは、知恵と言い換えてもいいでしょう。
従って、
知識(概念=「考え方」)とは、間違った知恵(間違った観念=間違った「在り方」に他なりません。
知恵(観念=「在り方」)とは、正しい知識(正しい概念=正しい「考え方」)に他なりません。
人類は、知性を得たが故に知識(「考え方」)、つまり、間違った知恵(間違った「在り方」)の生き物に成り下がってしまったのでしょうか。
他の生き物は、知恵(「在り方」)で生きていますが、正しい知識(正しい「考え方」)で生きているわけではありません。
知恵(「在り方」)は、絶対一元論の世界です。
知識(「考え方」)は、相対二元論の世界です。
正しい知識(正しい「考え方」)は、絶対三元論の世界です。
絶対一元論→相対二元論→絶対三元論が円回帰運動です。
従って、わたしたち人間の進むべき道は、知恵(「在り方」)の生き方をする絶対一元論の世界ではなく、正しい知識(正しい「考え方」)の生き方をする絶対三元論の世界です。
絶対一元論は知恵の世界ですが、絶対三元論は知識の世界です。
絶対一元論は感性の世界ですが、絶対三元論は知性の世界です。
わたしたち人間は、知恵を志向するのではなく、正しい知識を志向するべきです。
二十一世紀には旧来の宗教は消滅すると主張する所以は、旧来の宗教は知識よりも知恵を志向してきたからです。
形而上学である宗教と、形而下学である科学が統合されない限り、正しい知識の絶対三元論の世界に入ることは出来ません。
概念(間違った知識=間違った「考え方」)の生き方をしているわたしたち人間は、間違った相対二元論、つまり、好いとこ取りの相対一元論の世界に足踏みしているから、支配・被支配二層構造の世襲・相続制度社会に拘泥し、差別・不条理・戦争を続けているのです。
差別・不条理・戦争のない真の平和な社会を実現するには、わたしたち人間ひとり一人が正しい「考え方」で生きなければなりません。