第四十一章 「二十一世紀のイデオロギー」の意義

“自分もいつか必ず死ぬ”という死の概念。
誰もが当たり前のように思ってきた死の概念が実はとんでもない錯覚だった。
未だ来ぬ未来の出来事を恰も過ぎ去った過去の出来事のように錯覚する。
誰もが当たり前のように思ってきた時間の概念が実はとんでもない錯覚だった。
神のみが人間が勝手に捏造した概念の問題解決者だとするなら、神を捏造(創造)したのもまた人間であり、神は天地創造者では決してない。
誰もが当たり前のように思ってきた神の概念が実はとんでもない錯覚だった。
死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚だった。
わたしたち人間は、死をタブー視し、自殺を罪悪視していながらも絶対絶命の窮地に立たされると、無意識の中で死のことを考えます。
死の概念は、わたしたちの遺伝子にまで深く染み渡っています。
わたしたち人間は、知性的な者のみならず感性的な者でも絶対絶命の窮地に立たされると、無意識の中で未だ来ぬ未来と過ぎ去った過去を同時に捉えてしまいます。
時間の概念は、わたしたちの遺伝子にまで深く染み渡っています。
わたしたち人間は、有神論者のみならず無神論者でも絶対絶命の窮地に立たされると、無意識の中で“神さま!たすけてください!”と胸の内で囁いてしまいます。
神の概念は、わたしたちの遺伝子にまで深く染み渡っています。
死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚を当たり前だと、わたしたちひとり一人の遺伝子にまで深く染み渡っているのです。
“差別は絶対よくない”
“不条理は絶対よくない”
“戦争は絶対よくない”
わたしたち人間ひとり一人がこのことを信じて疑わないのに、差別・不条理・戦争が絶えないのは、わたしたちひとり一人の遺伝子に深く染み渡っている死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚の所為であります。
まさに、建前と本音が混在する分裂症生き物・人間の所以であります。
「二十一世紀のイデオロギー」の意義がここにあるのです。