第四章 二種類の時間を持つ生き物・人間

生きることがますます不安になっている現代社会。
その原因は不確定要素がますます増えているからに他なりません。
知る必要性のない事柄まで否応なしに入ってくる情報化社会は、わたしたち人間の分裂症状をますます重くさせています。
知性を得て考える能力を持った人間は必ず分裂症状に陥ります。
“人生は思い通りにはいかない!”のは、考えていることと現実との間にギャップが必ずあるからです。
「考え方」と「在り方」とは違うのです。
「考え方」はすべて自分中心の希望的観測に過ぎません。
つまり、過去・現在・未来という時間に束縛されている。
これを水平世界の時間、量的世界の時間と呼び、いわゆる、わたしたちが「時間」と思い込んでいる実時間のことであります。
「在り方」は宇宙全体の法則に則した、自分という意識(自我意識=エゴ)のない状態のことであります。
つまり、『今、ここ』という世界に存在している。
『今、ここ』の『今』を垂直世界の時間、質的世界の時間と呼び、「考え方」の実時間に対して、「在り方」の虚時間のことであります。
わたしたち人間だけが、「考え方」と「在り方」の二元論世界観で生きています。
つまり、実時間と虚時間の二種類の世界で生きています。
他の生き物たちは、「在り方」一如の一元論世界感で生きています。
つまり、虚時間の世界だけで生きています。
わたしたち人間だけが、死の概念、つまり、“自分もいつか必ず死ぬ”と思い込んでいます。
“いつか”とは未来のことです。
つまり、実時間です。
“必ず死ぬ”のは『今』のことです。
つまり、虚時間です。
実時間と虚時間が混在している世界観こそが二元論世界観に他なりません。
しかも虚時間の『今』が実在するもので、実時間の「未来」は未だ実在しないものなのに、実時間の方だけに目をやる、つまり、好いとこ取りの相対一元論の世界観で生きているのが実態であります。
わたしたち人間だけが分裂症状に陥っている原因がここにあります。
不確定要素が増えれば増えるほど分裂症状が重くなる。
そして、“自分もいつか必ず死ぬ”という死の恐怖のメカニズムがますます強く作動するわけです。
自我意識(エゴ)の存在し得ない「在り方」一如の一元論世界感で生きている他の生き物たちは、ただ“死ぬ”だけです。
自我意識(エゴ)という「考え方」と「在り方」の二元論世界観で生きているわたしたち人間が、“自分もいつか必ず死ぬ”と考えています。
「考え方」と「在り方」の二元論世界観を超えた三元論世界観で生きると、“いつか”という不確定要素が落ちて、“自分は必ず死ぬ”と考えるようになります。
つまり、自分の命は自分で絶つと決意する、そのとき、死の恐怖が雲散霧消するのです。