第三十七章 神の概念=時間の概念=死の概念

拙著「神はすぐ傍」で、人間が捏造した神の概念と時間の概念は実は同じものであったと述べました。
“Man is Space & God is Time”という英語のタイトルにしたように、わたしたち人間が空間であり、神が時間であるわけです。
そして、時間の概念こそ死の概念であった。
従って、
神の概念とは時間の概念であり死の概念に他ならなかった。
結局の処、すべて人間が勝手につくった考え方であり、自然や宇宙の世界にはまったく関係のない話だったわけです。
自然世界で生きている他の生き物たちにとって、神など無縁であり、時間など無縁であるから、死ぬことなど知らないのです。
時間の概念では、過去の出来事は既知、つまり、知っているが、未来の出来事は未知、つまり、知らない筈であります。
わたしたち生きている者にとって、死とは既知(過去)の出来事でなく、未知(未来)の出来事である筈なのに、既知の出来事と思い込んでいるのは明らかに自己矛盾であります。
つまり、時間の概念と死の概念は矛盾しているわけです。
その矛盾を自己矛盾にまで仕立て上げたのが神の概念に他ならなかったのです。
神の概念=時間の概念=死の概念と無理やりすることで、わたしたち人間ひとり一人の深い意識の中に自己矛盾をつくってしまったのです。
わたしたち人間だけが、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる原因は、この自己矛盾にあったのです。
一体誰がこんな自己矛盾を捏造したのかを検証するには、歴史を根本的に洗い直す必要があります。
しかし、自己矛盾という自縄自縛から解放することは自分独りだけでも出来ます。
神の概念=時間の概念=死の概念という自縛から自己を解放することです。