第三十五章 人生とは宇宙旅行

幻想(映像)である昨日・今日・明日を追い掛け、実相である『今、ここ』を避けて生きている、どうしようもない生き物・人間。
昨日・今日・明日を時間だと捉えた結果であります。
昨日・今日・明日は時間ではなく、空間であったのです。
わたしたちは、時間と空間、つまり、時空間の世界(宇宙)などに存在していません。
わたしたちは、空間の世界(宇宙)、つまり、“静止の暗闇と沈黙の世界(宇宙)”に存在しているだけです。
ただ、『今』という汽車に乗って旅をしている。
つまり、“運動の光と音の世界(宇宙)”という汽車に乗って旅をしている。
それが人生に他ならない。
『今』という汽車こそ時間の正体、つまり、虚時間であります。
『今』という汽車の窓外に『ここ』という空間が存在する。
『今、ここ』の正体であります。
『ここ』は静止していて、『今』が運動しているのですが、『今』という汽車に乗って人生という旅をしている自分にとっては、自分が乗っている『今』が静止していて、『ここ』が運動しているように観える。
運動しているように観える『ここ』が昨日・今日・明日の正体に他ならない。
自分が乗っている地球が運動していて、天は静止しているのに、自分が静止していて、天が運動していると錯覚するのと同じ現象であります。
どうしようもない生き物・人間の錯覚の原点は、空間である昨日・今日・明日を時間と捉えたことにあるのです。
本当の時間とは『今』しかないのです。