第三十章 死の実相(1)

視覚動物であるわたしたち人間の死とは、観ることの停止に過ぎない。
つまり、五感(五観)の死に過ぎない。
つまり、自他の区分けの消滅に過ぎない。
つまり、映像(映画)の終了に過ぎない。
わたしたちは映画を観るために映画館に行き鑑賞席に就く。
いわゆる誕生です。
わたしたちは鑑賞席で映画を観る。
いわゆる生、つまり、人生です。
わたしたちは映画が終了して鑑賞席を離れて家路に戻る。
いわゆる死です。
人生とはいわゆる映画鑑賞に過ぎない。
夢は見るものではなく、夢は観るものです。
視覚動物である人間は、夢を見るものと勘違いしている。
全盲の人は夢を聞いているし、犬は夢を臭っている。
五感(五観)とは映像鑑賞用の器官であり、まさしく、他者とは映像である証明です。
そして、映画鑑賞を終え母なる大地である地球という故郷に戻るのは、年中無休の肉体だけです。
肉体は死んでも魂は永遠などという考え方は、最早、二十一世紀では通用しません。
葬式や墓など愚の骨頂であり、権益を持つ人間の金儲けに利用されているに過ぎません。