第二十章 好いことと悪いこと

“生が好くて死が悪い”と考えて生きている限り、わたしたち人間の未来はありません。
“・・・が好くて・・・が悪い”といういわゆる好いとこ取りをする生き方を当然のように思ってきたわたしたち人間。

“健康が好くて病気が悪い”
この考え方を当然のように思ってきたわたしたち人間だけに病気がある。
野生の生き物には病気は一切ありません。
従って、彼らの死に方は自然死だけです。
彼らは“生が好くて死が悪い”という考え方など持っておらず、“生も死もない”という生き方(在り方)をしているから、“健康が好くて病気が悪い”という考え方など持っておらず、“健康も病気もない”という生き方(在り方)をしている。
だから病気など無縁です。
だから健康など無縁です。

“富が好くて貧が悪い”
この考え方を当然のように思ってきたわたしたち人間だけに貧乏がある。
野生の生き物には貧乏は一切ありません。
従って、彼らの死に方は自然死だけです。
彼らは“生が好くて死が悪い”という考え方など持っておらず、“生も死もない”という生き方(在り方)をしているから、“富が好くて貧が悪い”という考え方など持っておらず、“富も貧もない”という生き方(在り方)をしている。
だから貧乏など無縁です。
だから富など無縁です。

“幸福が好くて不幸が悪い”
この考え方を当然のように思ってきたわたしたち人間だけに不幸がある。
野生の生き物には不幸は一切ありません。
従って、彼らの死に方は自然死だけです。
彼らは“生が好くて死が悪い”という考え方など持っておらず、“生も死もない”という生き方(在り方)をしているから、“幸福が好くて不幸が悪い”という考え方など持っておらず、“幸福も不幸もない”という生き方(在り方)をしている。
だから不幸など無縁です。
だから幸福など無縁です。

“神が好くて悪魔が悪い”
この考え方を当然のように思ってきたわたしたち人間だけに悪魔がある。
野生の生き物には悪魔は一切ありません。
従って、彼らの死に方は自然死だけです。
彼らは“生が好くて死が悪い”という考え方など持っておらず、“生も死もない”という生き方(在り方)をしているから、“神が好くて悪魔が悪い”という考え方など持っておらず、“神も悪魔もない”という生き方(在り方)をしている。
だから悪魔など無縁です。
だから神など無縁です。

“・・・が好くて・・・が悪い”という考え方を持っているから、“悪い・・・”に苛まれるのです。