第十六章 本当の生=死

わたしたちが死を怖れる原因の一つは、死には明日がない点です。
“死んだら、愛する人と会うことも、話をすることも二度と出来なくなる、つまり、明日の人生がなくなる。それが死だから恐ろしい!”
しかし、生きていても明日など無いのです。
あるのは『今、ここ』だけです。
厳密に言えば、『ここ』だけです。
明日などない。
時間を究極に収斂してみるとすぐにわかる筈です。
一年、一日、一時間、一分、一秒、十分の一秒、百分の一秒、・・・・、百万分の一秒、・・・。
結局の処、
他者など何処にもいない。
『ここ』にいるのは自分独りだけです。
『ここ』にいる自分独りだけの『今』は、時間の収斂の極限値である『ゼロ時間』であって、百万分の一秒でもありません。
過去・現在・未来の現在とは、・・・百万分の一秒・・・ですが、『今』とは『ゼロ時間』、つまり、時間ではないのです。
時間とは流れる、つまり、運動することに他ならない。
『今』とは静止している状態に他ならない。
だから、死の概念=時間の概念に他ならないのです。
死の概念を持つわたしたち人間が、先伸ばしの人生を送っている証左であるとも言えます。
死の概念を持つわたしたち人間が、過去・現在・未来に想いを馳せて生きている証左でもあります。
死の概念を持つわたしたち人間が、自我意識(エゴ)を自分だと想い込んでいる証左でもあります。
『今、ここ』には明日などありません。
死とは、『今、ここ』に生きることに他なりません。