第二十七章 死期

自然死する生き物は死期がわかります。
自然死は自殺に他ならないからです。
病死や事故死で死ぬ生き物は死期がわかりません。
病死や事故死が他殺に他ならないからです。
自殺と他殺の決定的な違いは死期の自覚の有無にあるのです。
では死期の自覚はどうしたら可能か。
アフリカにいる野生のアフリカ象は、死期を悟ると群れを離れると言われていますが、インドで人間のために労働するインド象はそうしないのは何故でしょうか。
死ぬとは母なる大地・地球に戻ることであり、群れを離れて独りの世界に行くのは、その準備のためなのです。
独りで母なる大地・地球から生まれて来て、独りで母なる大地・地球に戻る(死ぬ)。
誕生した限りは必ず死ぬという人生の唯一の確定事(約束事)。
そのあいだに、生きるという不確定事がある。
はじめとおわりは必ず確定して、あいだだけが不確定。
それは独りの世界で生きていると自覚していないからです。
独りで母なる大地・地球から生まれて来て、独りで母なる大地・地球で生き、独りで母なる大地・地球に戻る(死ぬ)。
はじめも、あいだも、おわりも、人生はすべて確定事である絶対条件は、独りで生きていると自覚することです。
はじめの誕生と、おわりの死は、独りで経験するもの。
このことは、人間誰でもわかっている。
あいだの生は、他人と一緒に生きている。
ここが最大の錯覚であり、結果、病死や事故死といった他殺で死ぬから、死期がわからないのです。
はじめの誕生も、あいだの生も、おわりの死も、独りで経験するもの。
このことを自覚できれば、死の本質とは死期がわかる自殺であることが理解できます。
あいだの生は、他人と一緒に生きている。
つまり、不確定事の過去・現在・未来に想いを馳せて生きている。
あいだの生も独りで経験するもの。
つまり、確定事の『今、ここ』で生きている。