第二章 真の友達

人生最後の結論である死をよくないものと思って生きると、苦渋の人生になることは必定です。
人為的欲望、つまり、物質欲・金銭欲・名誉欲・権力欲そして最も性質の悪い悟欲といったものは、死の概念を知った人間だけにある欲望です。
仏教では“煩悩”が四苦八苦の原因だと言っていますが、物質欲・金銭欲・名誉欲・権力欲・悟欲こそが“煩悩”の正体に他ならないわけで、その正体の究極に死に対する恐怖があるのです。
四苦八苦とは生老病死と愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦のことですが、結局のところ、死の一苦しかないのです。
すべての四苦八苦の原因は死の恐怖にあるのですから、死の恐怖から解放されない限り、苦渋の人生から抜け出ることは不可能です。
ブランド物をいくら多く持っていても、死の恐怖の解決には役に立たない。
お金をいくら多く持っていても、死の恐怖の解決には役に立たない。
名誉をいくら得ていても、死の恐怖の解決には役に立たない。
天皇や総理大臣になっても、死の恐怖の解決には役に立たない。
出家して坊主になっても、死の恐怖の解決には役に立たない。
一寸先は闇の人生の中で、死だけが確実な出来事なのに、わたしたちは死について避けて生きてきた。
死を避けて生きている人間は、当然のことながら、あらゆる嫌なことを先伸ばしする。
先伸ばしすること自体が悩みの原因であることに気づくことです。
ブランド物がないから悩むのではないのです。
お金がないから悩むのではないのです。
偉くなれないから悩むのではないのです。
悟れないから悩むのではないのです。
『今、ここ』でしか出来ないことを先伸ばしするから悩むのです。
そのずっと先には死が待っているからです。
死と常に対面、つまり、直面しておくことです。
そうすれば、徐々に死に慣れていきます。
そうすれば、徐々に死と仲良くなっていきます。
そうすれば、先伸ばしすることは愚かであることが理解できます。
死と常に対面、つまり、直面しておくことです。
そうすれば、生よりも死の方が真の友達であることが理解できます。
そうすれば、金持ちよりも貧乏の方が真の友達であることが理解できます。
そうすれば、健康よりも病気の方が真の友達であることが理解できます。
そうすれば、幸福よりも不幸の方が真の友達であることが理解できます。
そうすれば、悩みの原因が真の友達であることが理解できます。