第八十章 開放型自由社会主義―経済モデル(6)

経済行為が介入しない経済行為

そもそも経済行為とは何かを考えますと、物やサービスを消費する事であります。
物やサービスと言っても、生きる為に最低限必要不可欠な衣食住に関するものから、生活の質を向上させる教育や娯楽に関するものなど様々なものがあります。
我々はこのような様々な消費をすることに対する代価として、その価値に応じて貨幣を支払っているのです。
消費の価値の物差しが金額の多少によって決められているわけです。
生きていく上で消費をする事は必要不可欠であり、これをなくする事は不可能と言えるでしょうが、消費する交換手段を貨幣から他のものに変えることは可能です。
世の中が荒廃した最大の原因が拝金主義、つまり、お金なのですから、その原因を取り除く必要があります。
生き物にとって衣食住が満たされていることが基本であります。
その上で、これまでの論点を纏めますと、「税が介入しない経済行為」とは即ち「政府のない経済行為」であり、「利益が介入しない経済行為」とは即ち「企業活動が存在しない経済行為」であり、「売買が介入しない経済行為」とは即ち「家計が存在しない経済行為」のことです。
マクロ経済では、「政府」、「企業」、「家計」を経済活動の三主体と考えますが、ここではその経済主体自体が存在していない状態での経済行為について以下に論じていきます。
現在のマクロ経済では、経済全体で財やサービスがどれだけ生産されたか、これらの財やサービスに対してどれだけ需要があったかによって得られる所得が決まる。
経済全体で得られる所得のことを「国民所得決定の理論」といい、経済全体で消費や投資などの需要項目がどれだけ発生したか、経済全体で所得はいくら発生したかを分析しようとするものです。
海外部門(輸出、輸入)を無視した現在の経済モデルでは、「国民所得(Y)=家計による消費(C)+企業による投資(I)+政府支出(G)」として計算されます。
これまでに論じた社会では、先ず、衣食住が満たされている状況下で、家計による消費(C)の主体となる家計が売買を行いません。
即ち、消費がゼロであります。
次に、企業による投資(I)の主体である企業は、利益が発生しない状態である「売上=コスト(=資本財)」が必ず達成されます。
また同時に、社会全体として経済行為が介入しない経済行為が最終的に達成されますから、国民所得(Y)=0となります。
結果、企業による投資(I)=−(マイナス)政府支出(G)が成立します。
これは何を意味するかと言うと、万一、企業がある金額の投資案件を有した場合、それは政府部門の支出から同額が差し引かれることを意味します。
つまり、企業投資は政府支出から差し引かれ、最終的に政府の役割が不用になることを示しているのです。
例えば、ゴミ収集に伴うコストは現在の税金からまかなわれる形態ではなく、企業の投資分として処理され、政府の極小化につながるのです。
最終的には「税が介入しない経済行為」、つまり、「政府のない社会」が達成されるわけです。
「利益が介入しない経済行為」、つまり、「利益追求を行わない企業(利益は社会に全部還元される)」が出現してくるのです。
最終的経済モデルに移行する前提条件は、衣食住が満たされる社会の達成であることは言うまでもありません。