第七十五章 開放型自由社会主義―経済モデル(1)

開放型自由こそ真の自由であり、「高度な自由」だと言っても過言ではありません。
支配・被支配二層構造から脱却した社会づくりをするには、先ず憲法で「高度な自由」の精神を高々と謳わなければ事は始まりません。
憲法で開放型自由に基づく真の主権在民を高々と謳わなければ意味がないわけです。
我々国民が主権を主張するなら、義務・責任も堂々と受け入れなければならないのは、人間社会のみならず生きとし生けるものの世界では常識です。
「高度な自由」と「高度な責任」とは表裏一体のものであることは言うまでもありません。
高度自由社会への一歩を踏み出す上において、「高度な自由」と「高度な責任」を明確化することが必須要件です。
政治モデルにおいては、当然のことながら憲法で明確化しなければならないことは言うまでもありません。
社会モデルにおいては、倫理観・道徳観の範疇になるでしょう。
それでは、経済モデルにおいて、「高度な自由」と「高度な責任」とは一体何でしょうか。
人類の歴史の中で、組織的つまり国家レベルでの経済行為が発生した時に、同時に誕生したのが税の概念と金利の概念でした。
外敵から身の安全を守ることこそが自由であった時代に、国家によって安全を保障してもらう反対給付として税の概念が誕生したのです。
組織的な経済行為は貨幣を誕生させ、貨幣に信用を供与する反対給付として金利の概念が誕生したのです。
税の概念と金利の概念は、「高度」はつかないにしても、国家に「自由」を保障してもらうための国家への「責任」だったわけです。
「高度な自由」とは、支配・被支配二層構造の国家や組織によって保障されるような「自由」ではありません。
従って、「高度な責任」には、支配・被支配二層構造の国家や組織に対する「責任」であった税の概念や金利の概念と無縁なものであることは言うまでもありません。
税の概念や金利の概念が無い社会での経済行為は、言うまでもなく従来のような形態とは全くかけ離れたものになる筈です。
「開放型自由社会主義」の経済モデルは、税の概念や金利の概念のない経済行為を柱にしたものになる筈です。