第七十一章 開放型自由社会主義―政治モデル(3)

見識ある政治・行政(世襲・相続との決別)

これまで述べてきた、目差すべき「高度自由社会」とは、制度・組織・国家という枠組みに束縛されることのない、飽くまで自立した個人の集まりで築く、本当に自由で公正な社会です。
そのために必要なのは、抜本的に世の中の仕組みを変えていくことでしょうが、その原点になるのは、やはり我々ひとり一人の意識改革であります。
現在の日本は拝金社会に埋没し、皆がお金を追い求めています。
お金があれば、ある程度のことは何でも解決できるという考えがある(世の中がそういう仕組みになってしまっている)からでしょう。
ところが、誰もが実生活に必要なもの以上を追い求めている。
未来の不安感に対する恐怖、つまり、常に安心・安全でありたいという将来に対する欲望がそうさせるわけです。
安全(安心)をより強く求める人々の採る行動が、徒党を組む、つまり、仲間(味方)をつくることです。
仲間の輪が強くなり大きくなっていくほど、安心感も大きくなっていくと感じているようです。
更に高じると、その仲間に対しても、自分にとって都合のよい、より身近なものほど大事にするようになります。
畢竟、無意識のうちに自分を取り巻く人間を、自分の都合の好いようにランク付けしてしまい、状況に応じて他人を区別してしまいます。
しかも、その区別に一貫性はなく、飽くまでも状況如何です。
仲間をつくるということは、同時に敵もつくるということに他なりません。
他人を自分の都合によって区別してしまう現代人のこの行動特性こそ、自立した個人・公正な社会を築くにあたっての最大の阻害要因になっている。
新しい社会を作り上げるには、我々ひとり一人が意識と行動特性をしっかりと見つめなおすと同時に、現在の個人の意識、社会の仕組みを変えるべく見識ある政治・行政の運営が不可欠であります。
自分の立場を守ろうとする意識・行為が働いている限り、天下りの問題、衆議院全体の4割近くにのぼる世襲議員が謳歌する、偏った現在の政局運営、畢竟、支配・被支配二層構造による富の一極集中現象はなくならないでしょう。
見識ある政治・行政の運営に向け最初に取り組むべきことは、他人を区別する行動特性を生み出す世襲・相続という概念を廃止することに尽きます。
逆に言えば、個人を自立させる仕組みづくりが必要になります。