第七章 訳のわからない自由民主主義

ユートピア(Utopia−理想的な社会)とは、ギリシャ語の“どこにもない場所”という言葉を語源とし、1516年に当時のヨーロッパ社会を批判し、自由平等な共産主義的社会と宗教の寛容を説いたトーマス・モアーの長編小説「ユートピア」という小説から生まれた造語です。
つまり、古代の奴隷社会、中世の封建・荘園制度社会、更には近代の自由主義社会と一線を画した共産主義的社会を理想社会として著した作品で、19世紀ドイツの社会学者フェルディナンド・テニエスは「ユートピア」に触発され、「ゲマイン・シャフト(共同社会)とゲゼル・シャフト(利益社会)」を著し、チェコのユダヤ人作家・フランツ・カフカはロシア革命(1917年)の2年後の1919年に「流刑地にて」というユートピア作品の中で女性社会が理想社会で、地獄の沙汰も金次第の拝金主義社会からの脱出を図る女性の物語を描いた。
1989年に自由主義と共産主義の戦いであった冷戦は、自由主義の勝利で終わった。
およそ70年に及ぶ自由主義と共産主義の葛藤は、本来の「ユートピア」の概念を歪められた結果生まれたものであり、その張本人は「民主主義」にあったと言えます。
冷戦の結末は、自由主義に民主主義が加担し、共産主義に独裁主義が加担した結果、自由民主主義が勝利し、共産独裁主義が敗北したものですが、本来は共産主義の原点に啓蒙主義に端を発した民主主義があったことが忘れられている。
民主主義とは本来、自由主義に対抗するものであったからです。
自由競争主義が標榜する社会こそがゲゼル・シャフト(利益社会)であり、共産民主主義が標榜する社会こそがゲマイン・シャフト(共同社会)でなければならなかった。
ところがその本来性が歪められてしまった。
フランス革命とロシア革命によって歪められてしまった。
自由民主主義と共産独裁主義の戦いに歪められてしまった。
そして、自由民主主義という訳のわからないイデオロギーが現代社会を席捲しているのです。
自由民主主義社会こそが超拝金主義社会の生みの親に他ならない。
わたしたち人間とは、まさに錯覚の生き物であります。