第六十三章 高度自由社会(1)

新しい時代のものさし(1)

この章のタイトルでもある「ものさし」とは、豊かさを測る「ものさし」のことです。
現代拝金主義社会の豊かさを測る「ものさし」、すなわち価値基準は正に「お金」です。
お金の量で豊かさを測り、その大小を競うことに血道をあげている現状は正に末期的です。
お金の有無によって、人間を「勝ち組」と「負け組」に振り分けることに誰も異を唱えないといった様相は愚の骨頂としか言いようがありません。
「お金」がこのように唯一無二の「ものさし」になぜ成り得たのでしょうか。
それは「豊かさ」の追求が、ある時点でバランスを失ったからです。
「豊かさ」を求める過程は、特に近代における人類の発展の歴史とちょうど合致するわけで、いわゆる物質的な欲望の追求に重きが置かれ続けた時代だったのです。
「衣食足りて礼節を知る」という古い諺にもあるように、まず生存の基盤を確固たるものにすることが重要なのは誰にでも分かる理屈です。
しかし一方で、宗教の持つ古い歴史が示すように、人間には精神的な充足も必要です。
「人はパンのみにて生きるにあらず」です。
ルネッサンス以降、自然科学が発展して、物質文明の発展に寄与したように、それと並行して、精神的な「豊かさ」を求める運動、真の個人の確立(独立)を求める動きが起こっていれば、現在の様相は全く違ったものになっていたでしょう。
実際には、物質的な「豊かさ」を求めることにのみ専心してきたのが人類の近代史であり、目的達成の最も効率的な手段として組織の強化に力を注ぎ、その過程で人類は組織に束縛され、結果「お金」以外の価値観を喪失しながら現在に至ったのです。