第六十章 束縛されない暮らし(6)

楽しい時間

我々は様々な他者(組織)による束縛の中で生活をしています。
社会のルール、会社の規則、学校の規則、家庭のルール等に縛られて生活しているのが現代社会の有様です。
勿論社会を構成する上で、ある程度の規則を設けて、それを守る事は大切でありますが、一方、理に適わない規則に縛られて、それを守る為に、本音と建前の乖離した生き方をしているのも現代社会に生きている我々です。
楽しく生きる一生か、苦しく生きる一生かで、人生80年は大きく違ってきます。
では、このような社会の中で楽しく生きるには、一体どうしたらいいでしょうか。
ある30代のサラリーマンを例にとって考えてみましょう。
リストラによる人員削減の影響で、早朝から深夜まで仕事に追われ、担当者の過重労働の上に成り立っている収益構造に理不尽さを感じながらも、辞める勇気もなく、支配者の圧力に屈して我慢して働いているのが、サラリーマンのいわば物理的且つ精神的束縛という二重苦の時間であります。
何故、ここまで我慢して働いているのかを自問自答すると、やはり拝金主義の世の中がそうさせているのです。
結局はお金を稼ぐ為に我慢して働いているのです。
家のローンや生活費や交際費等全てにお金が掛かってきます。
右肩上がりの高度成長期の社会では、我慢して頑張れば報われるという神話(終身雇用、年功序列)がありましたが、それが崩壊した現代では、不安に苛まれながら組織の中を彷徨っている社員が多数おります。
そんな二重苦の束縛から解放された休日に、恋人と共に過ごす時間が唯一楽しい時間であります。
映画を観たり、ドライブをしたり、食事をしたり、旅行をしたり、会話をしたり、そこには建前は一切存在しません。
やりたい事を一緒にする悦びが存在するのです。
恋人の喜ぶ顔を見たい一心でやりたい事(本音)をするのです。
損得の目的がある訳でもなく、ただ一緒にいるだけで幸せな気分になる事が出来るのです。
勿論、喧嘩をする事もありますが、それもちょっとの間、気まずくなるだけで、結局は相手に対する思いやりが優りすぐに仲直りします。
喧嘩は誤解やすれ違いによって生じるものだということを、心の通った者同士であれば直ぐに理解できるからです。
国家間の争いも、心の通った者同士の喧嘩のようであれば戦争にならないでしょう。
少し話が逸れましたが、二重苦の束縛から解放され、本音と建前の一致した生き方が楽しい生き方であり、そんな楽しい時間を共有できる他者こそが、組織といった無機的で不条理な虚像の他者ではなく、有機的で甘美な実像の他者と呼べるのではないでしょうか。