第四十七章 これからやってくる社会(1)

現代拝金社会

来るべき二十一世紀の社会を述べて行く前に、もう一度現代社会の構造を振り返ってみることにします。
政治家・役人の金にまつわる汚職をはじめとして、現代社会にはお金にまつわる事件・犯罪が蔓延り、こういった不祥事は枚挙に暇がありません。
逆の面から言えば、お金以上に大事なものを見出し得ないのが現代社会の特徴であり、正にお金が唯一無二の拠り所と言った様相を呈しています。
例えば、年金問題が非常に重要な政治問題となっていますが、これも行き過ぎたお金への執着、すなわち拝金主義への傾倒がベースにあるのです。
日本における拝金主義の極めつけはバブル経済期でした。
経済が永遠に右肩上がりの成長を続ける、という幻想が多くの日本人に支持され、その過程で、従来日本人が持っていた聖職の定義、そしてそれに対する尊敬の念という大事なものが、誰もがこの世的利益(金銭)を追い求める風潮の下、ほとんど失われてしまいました。
ではこうしたバブル経済が何故発生・破裂したかというと、1985年9月にニューヨークのプラザ・ホテルで開催されたG5(先進5か国蔵相・中央銀行総裁会議)によって合意されたドル安容認(日本側からすれば円高容認)いわゆるプラザ合意であり、その後、安いドルを避け、高い円を求めた世界の機関投資家が日本市場に殺到してマネーゲームに興じたのがバブル発生原因であります。
またバブル経済破裂原因は1989年の共産主義の崩壊に他なりません。
資本主義と共産主義はコインの裏表であり、一見対立するように見えても、実は共存することによって互いが成り立つ関係にある。
ところが共産主義が先に崩壊してしまい、世界市場が一本化されることで、それまでのインフレ基調の経済からデフレ基調の経済に変わってしまった結果、ひとり残された資本主義がバランスを崩したのが二十世紀末の失われた10年でした。
ところが多くの人々が、この歴史的必然に未だ気づかないまま、徐々に崩壊に向かう資本主義のいわば極致現象である拝金主義にどっぷり漬かったままでいるのが現代社会です。
すでに終わってしまった幻想にすがって生きている訳です。
世のため人のために尽くす、お金の代わりに人の尊敬をよしとするといったすぐれた精神的財産をバブル経済の中で失ってしまい、お金以外の価値観を見出せないまま、それにすがって生きている始末です。