第三十六章 悲劇と発展の二十世紀(5)

戦争の思想的背景(2)

自由主義思想と啓蒙主義思想のルーツは、ルネッサンス後に起こった近代哲学にまで遡ります。
自由主義思想のバックボーンは経験論哲学です。
経験論とはイギリスで盛んになった思想であり、経験を重視し、経験によって得られた知識こそ確実なものであるという考え方です。
啓蒙主義思想のバックボーンは合理論哲学です。
合理論哲学はヨーロッパ大陸で盛んになった思想であり、理性を重視し、理性にしたがって考察することによってのみ確実な真理を得られるという考え方です。
それぞれの思想が確固としたルーツを持っており、それだけバックボーンがしっかりしているからこそ、現在まで通用する思想と成り得たわけです。
こうした思想の中身もさることながら、その思想が育まれた地域性というのも非常に興味深い。
経験論の発祥の地がイギリスであるということは、アングロサクソンの民族性に、後の自由主義思想につながるような「機会の平等」と「選択の自由」を尊ぶ風があり、それが次第に洗練されて資本主義経済を牽引するに至ったと言えるわけです。
一方、大陸で盛んになった合理論は、少数エリート重視の考え方を持ったゲルマンの民族性ゆえの賜物であり、それが啓蒙主義思想として花開いた後、さらに先鋭化した部分が社会主義思想へと至ったのです。
アングロサクソンとゲルマン、両民族の特性をルーツとして発生した哲学そして思想が、特に十九世紀以降、ヨーロッパにおける対立の基本構造であったことを再認識しなければなりません。
ただ、その対立構造をベースとしつつも、国益や海外植民地獲得競争などの要因を考慮したバランス・オブ・パワーが一方で存在したので、必ずしもアングロサクソン対ゲルマンという形での紛争ばかり発生した訳ではありません。
そうした事情があって、二十世紀の大きな悲劇も一見独立した関係にあるように見える訳です。
両世界大戦と冷戦が、こうしたヨーロッパ社会の思想対立がベースであるという事実は、ヨーロッパ以外の国々、日本を含めた非白人諸国にとっては災難以外の何者でもありませんでした。
近代以降の植民地化や奴隷貿易などに代表されるように、ヨーロッパ社会の拡大競争に伴って、アジア・アフリカ諸国が受けた災厄は計り知れないものがあります。
更に、二十世紀になって、ヨーロッパ諸国間の対立に端を発する全面戦争に巻き込まれた経緯など、まさしく踏んだり蹴ったりとしか言い様がありません。
我々は被害をいたずらに被る立場から抜け出すためにも、早急にそうした対立構造を解消させる必要があります。