第三十三章 悲劇と発展の二十世紀(2)

二十世紀の紛争(2)

両大戦における犠牲者が斯くも膨大な数にいたった理由は、兵士のみならず民間人をも含めた大量殺害行為が行われたためです。
その大量殺戮を可能にした背景は、その裏付けとなる次のような科学革新の歴史があります。以下概略を列記します。

産業革命以降、社会は飛躍的に大きく発展し、十九世紀末に進行した重化学工業化により鉄鋼業が発達し、鋼鉄製の大砲・戦艦の製造が可能となった。
1903年のTNT火薬の発明は、爆薬の破壊力を飛躍的に高め、その後の1906年、イギリス海軍が進水させた大砲を備えた戦艦が普及し、第一次世界大戦での海戦は、巨大戦艦の砲撃戦が行われ、また、ドイツが開発したUボート潜水艦による戦いが主流となった。
陸上では大砲と共に、機関銃や戦車が軍隊の主要な兵器となり、迫撃砲や手榴弾、そして毒ガス弾まで使用された。
そして、鉄道・自動車の発達、無線・電話の開発により、軍隊の移動や指令伝達のスピードが飛躍的に高まった。
第二次世界大戦時には、1903年にライト兄弟によって実用化された飛行機の発達による戦闘機・爆撃機が空軍の主力となり、爆撃機による軍需工場や都市への空爆で民間人の犠牲者が激増するようになった。
そして遂には、たった一発の爆弾で一挙に何十万人もの人間を殺害できる原子爆弾が開発され、第二次世界大戦時アメリカにより、広島と長崎において使用されたのです。