第三章 真の民主主義の根本的考え方

現代社会には拝金主義が蔓延しています。
否、超拝金主義が蔓延しているといった方がいいでしょう。
拝金主義とは、少ない数のお金持ちが“お金だ!お金がすべてだ!”と喚き、圧倒的多数の貧乏な人間は“自分たちは貧乏で、お金には無縁だ!”と達観する、質的優位性は量的劣位性を有し、質的劣位性は量的優位性を有す二元論の本質に則していますが、超拝金主義は量的優位性を有し且つ質的優位性を有す、つまり、圧倒的多数の貧乏な人間が“お金だ!お金がすべてだ!”と喚くことで、これは土台無理な話です。
民主主義の多数決の原理が高じていくと衆愚政治になり、多数決の原理に基づく選挙で以って選んだ政治家は国民のレベル以上の政治家には決してなれないのが民主主義の宿命であります。
多数決の原理に基づく選挙で以って政治家を選ぶ民主主義とは、まさに似非民主主義に他ならないのです。
超拝金主義が似非民主主義と相俟って、圧倒的多数の者が“お金だ!お金がすべてだ!”となり、挙句の果てに、世襲・相続の差別制度が慣習化してしまったのが現代社会です。
多数決の原理が働く民主主義は、人口の異常発生が原因で似非民主主義化し、似非民主主義が圧倒的多数の質的劣位性を有す貧乏な人間までが、少数の質的優位性を有すお金持ちを志向させる超拝金主義を生んだのです。
質的優位性は量的劣位性を有し、質的劣位性は量的優位性を有す。
つまり、
生が好くて死が悪い、とする好いとこ取りの相対一元論では、生が質的優位性であり、死が質的劣位性になります。
逆に言えば、
生は少数の量的劣位性を有し、死は圧倒的多数の量的優位性を有するのが二元論の本質であります。
ところが、わたしたち人間は、圧倒的多数どころか全員がいつか死ぬと100%の確信を持っていながら、よい生き方をしたいという支離滅裂な考え方をしています。
圧倒的多数の人間、否、全員がよい生き方をしたいなら、死を質的優位性、つまり、死は好いことと捉えるしかないのです。
真の民主主義を実現する根本は、死を好いことと捉える考え方が定着した社会を先ず目差すことです。