第二十五章 資本主義・社会主義の相克と盛衰(5)

冷戦構造の崩壊、新しい座標軸の模索(1)

第二次大戦からの復興において主導権を握ることはもはや疲弊した欧州諸国には無理でした。
アメリカはその圧倒的な経済力・軍事力の下で復興政策を推進します。
アメリカは矢継ぎ早に国際通貨基金(IMF)・国際復興開発銀行を設立し、GATTを締結しました。
ここに至り、自由主義貿易を前提とする資本主義経済体制が形成され、以降アメリカがその旗手としての地位を現在に至るまで保持し続けています。
それはアメリカの経済力を基礎とするドルの価値によって裏付けられた体制とも言えます。
また国際連盟の失敗による反省をふまえて、国際連合がこれもアメリカのリードにより発足しました。
安全保障理事会を設置して多様な意見の存在を許す一方で、アメリカが自ら意図するところを実現するにあたって、一国で処理するリスクを回避して、国連の名の下に実施することを目的としている点は否めません。
大戦中、ドイツの敗北が明らかになるにつれて、対ファシズムのために棚上げされていた資本主義対社会主義の対立が次第に頭をもたげてきます。
スターリンはドイツに占領された東欧諸国を開放する過程で、それらの国に社会主義政権を立てる準備を怠りませんでした。
来るべきアメリカ陣営との戦いを見据えていたのです。
戦後しばらくは原子爆弾を唯一保有していたアメリカが唯一の超大国でしたが、1949年の原爆開発の成功によってソビエトはアメリカに対抗しうる存在となりました。
その後、米ソの二極体制が1991年ソビエトの崩壊まで続きました。
この両超大国の対立の下、水爆やミサイルの開発等、軍拡競争が際限なく行われ、莫大な労力・資源が投入されました。
新兵器の開発による科学技術の発達のように、人類の歴史に貢献した側面はありますが、やはりそれは負の循環でしかありませんでした。
そして核兵器の開発は、第三次世界大戦が起こった場合、人類が滅亡する可能性があることを示唆しました。
そのため、直接の軍事衝突を避けつつも、常に戦闘状態に突入出来る態勢を保つという冷戦が長く続くことになります。