第二十章 資本主義・社会主義の創生と発展(4)

啓蒙主義と社会主義

フランス・ドイツは、イギリスの資本主義的成功に刺激され、それに追いつき追い越すために最も短期間で効果を挙げる手段を採用した。
これもまた啓蒙主義と称される訳ですが、先の啓蒙主義と意味合いが異なります。
元々はルネッサンス以降生じた合理的精神を広めるための運動であったのに対し、19世紀の段階では、国民教育の遅れを取り戻すための集中的な専門教育を施して、手っ取り早く国家指導者を育成する手法へと変わった。
当初の理想的な意味合いは消え、極めて冷徹な官僚的発想に基づいている。
こうした思想の下にあるフランス・ドイツの危機感は、あくまで資本主義的成功をおさめ、その果実を独占するイギリスにいかに追いつくか、というところにあり、資本主義のルールの下での成功を目指しています。
ところが、その思惑を超えたところで危機感が作用するようになりました。
すなわち同じ資本主義のルールで戦っても勝ち目がないゆえ、もっとドラスティックな変化を受け入れて、資本主義との対立軸として機能することを目指した。
それが社会主義です。
マルクス・エンゲルスの真の意図を慮ることは出来ませんが、当時の社会状況から見てそうした危機感はあった筈で、その後の米ソの対立構造を見ればその覇権主義が実証している。