第二章 真の民主主義

わたしたち近代人は、自由、民主、社会・共産主義が一般大衆を解放してくれるイデオロギーだと信じてきたが、結果は逆のますます差別・不条理・戦争の横行する社会の考え方に他ならなかった。
人類の文明は進化しているつもりだったが、実は退化しているかもしれない。
古代の奴隷制度社会から中世の封建・荘園制度社会を経て近代の自由・民主・社会・共産主義制度社会へと人類の文明は進化してきた筈だったが、差別・不条理・戦争がますます増長しているのは何故でしょうか。
二十一世紀に入って、世界は貧富の差が大きくなる格差社会の様相を呈しているが、その傾向が人類の文明の進化の一端と言えるのでしょうか。
自由民主主義世界と社会・共産独裁主義世界との戦い、いわゆる冷戦で自由民主主義世界が勝利した結果、自由競争の原理が更に強く機能し、格差社会が出現したとするなら、その自由競争は機会の平等・結果の不平等を誘導する自由民主主義ではなく、機会の不平等・結果の不平等を招く単なる不条理な自由主義に過ぎなかっただけで、決して、真の民主主義ではなかったと言えるのではないでしょうか。
結局の処、二十世紀の人間社会では、真の民主主義社会は実現されなかったのです。
自由主義と社会・共産主義の戦いの冷戦であっただけで、両陣営は共に、自由民主主義社会と社会・共産民主主義社会を標榜はしたけれど、実態は自由独裁主義社会と社会・共産独裁主義社会の戦いに過ぎなかっただけで、一見独裁色の強かった方が負けただけのことであります。
民主主義制度とは主人である国民(主権在民)の投票によって、国家運営をする政治家を選ぶ制度ですが、投票とは表面上だけのことで、実体は古代の血縁・地縁による氏姓制度と何ら変わらない世襲・相続によって政治家が選ばれている。
投票と言いながら、投票の前から既に決まっている。
これでは真の民主主義とは断じて言えない。
何故このような矛盾が生じたのでしょうか。
生が好くて死が悪い、オスが好くてメスが悪い、善が好くて悪が悪い、強が好くて弱が悪い、賢が好くて愚が悪い、富が好くて貧が悪い、幸福が好くて不幸が悪い、天国が好くて地獄が悪い、健康が好くて病気が悪い、神が好くて悪魔が悪い、支配者が好くて被支配者が悪いとする好いとこ取りの相対一元論、つまり、矛盾した二元論が元凶にあり、その奥底には矛盾した死の恐怖が横たわっているからです。
二十一世紀のイデオロギーの骨子は、この矛盾の解決を主題にしたものでなければなりません。