第十一章 前世紀までのイデオロギー(1)

人類の文明の芽生えはいつ頃はじまったか?

この疑問に対して、従来の解釈を覆すような発見が科学の発達により齎されています。
例えばエジプトのギザにある巨大ピラミッドなどは、炭素の放射性同位体(炭素14)の半減期の測定法により、約1万5千年前に造られたことが解かっています。
つまり、これまでの説よりもずっと前の時代に、巨大な権力を持った支配者が既に存在していたことになります。
こうした考古学的興味もさることながら、文明社会すなわち階級社会もまた、非常に長い歴史を持っていたのです。
現代にまで至るこの階級社会に先行する社会形態として存在した「原始共産主義社会」については後述します。
人類の歩んだ1万5千年の文明社会(階級社会)は、古代・中世・近代の3つに大きく区分することが出来るでしょう。
古代とは、支配者と被支配者(奴隷)が完全に区分されていた時代と言えます。
ギリシャやローマの歴史を辿ると、市民による議会政治が行われ、民主的な社会のように見えますが、実は奴隷制によって彼らの社会基盤が支えられていたという側面があります。
市民ではない奴隷は、人として扱われない存在であったのです。
イエスが十字架に架けられてから数百年の間に、イエスの弟子たちによるキリスト教がローマ帝国内に広められ、紀元395年に興った東ローマ帝国においてキリスト教が国教として認められるに及び、ヨーロッパでの古代が終わり、中世が始まったのです。
イエス・キリストの福音は分け隔てなく与えられるものであるというキリスト教の教えは、奴隷のような弱者を救済する力となりました。
しかしその一方で、神の名の下に、個人の思想や行動規範はすべてキリスト教の鋳型に押し込められ、逸脱することは許されず、経済的には、農奴として荘園領主に仕えることを強いられました。
奴隷制の側面から見れば、全面的なものから部分的なものへと変わったに過ぎません。
やがて14世紀にイタリアでルネッサンスが興り、人間性の解放が叫ばれることによって中世が終わりを告げ近代が始まります。
そしてその後の宗教改革などを経て、精神的自由を勝ち得たヨーロッパの人々の中から、都市の富裕な商工者層(ブルジョワジー)が発生します。
彼らは18世紀にイギリスで起こった産業革命を契機として、巨大な生産力・資本を獲得するに至り、新たな特権階級としての地位を獲得するに至ります。
一方、資本家に雇われる、持たざる者としての労働者階級(プロレタリアート)も誕生して、古代の奴隷制度、中世の農奴制度に対し、近代の新しい支配・被支配関係として、資本家と労働者という階級社会が成立することになりました。
斯様に、文明社会の歴史とは、階級社会の変遷の歴史であることがよく分かるでしょう。
個人の権利は徐々に改善される一方で、支配・被支配の関係は形を変えて常に存在してきたのです。
特に近代は、この階級間闘争が、熾烈かつ広範に行われた時代と言えるでしょう。
一方、日本の古代・中世・近代の区分に当てはめてみますと、古代と中世の分かれ目は、大化の改新後の律令国家の成立、及び源頼朝による鎌倉幕府の設立、すなわち武家支配の開始という二段階に分けられます。
日本史の特異点は、この中世が今からほんの150年前まで続いており、明治維新によってやっと近代が始まったということです。
ヨーロッパが約600年の時間をかけて成し遂げた近代化を、日本はこの短期間に成し遂げる必要があったのです。