第十七章 貧・富問題は絵に描いた餅

金持ちの気持ちは貧乏人にはわからないし、貧乏人の気持ちは金持ちにはわからない。
では、わたしたちが金持ちに憧れ、貧乏を忌み嫌うのは何故でしょうか。
“死んだ者は生きたことと死んだことの両方を経験しているから、生きている者の気持ちも死んだ者の気持ちも両方わかっているし、生・死問題という一枚のコインの本質もわかっている。”
わたしたちはこの考え方を支持しているから、死を忌み嫌っているだけで、実はそうではないことを前章で述べました。
そうであるなら、“貧乏人は金持ちと貧乏の両方を経験しているから、貧乏人の気持ちも金持ちの気持ちも両方わかっているし、貧・富問題という一枚のコインの本質もわかっている”という考え方が、貧乏を忌み嫌う原因であり、実はそうではないことになります。
結局の処、
金持ちの気持ちは貧乏人にはわからないし、貧乏人の気持ちは金持ちにはわからない。
そうしますと、貧・富問題という一枚のコインの本質が見事に観えてきます。
生まれた時から死ぬまで、金持ちは金持ちであり続け、貧乏は貧乏であり続けた場合に限って、金持ちの気持ちは貧乏人にはわからないし、貧乏人の気持ちは金持ちにはわからないのです。
貧・富問題という一枚のコインの本質は、金持ちは生まれた時から死ぬまで金持ちであり、貧乏も生まれた時から死ぬまで貧乏であるという点にあるのです。
では、金持ちは生まれた時から死ぬまで無条件に金持ちでいられるでしょうか。
他の生き物と同じように自然と一体感で生きていた狩猟人類が農耕人間に進化(退化)して以来、“持つ者”と“持たない者”、つまり、金持ちと貧乏の差別意識が誕生し、“持つ者”つまり金持ちは一生、否、未来永劫金持ちであり続けたいという意識が生まれ、結果、“持つ者”つまり金持ちが支配階級、“持たない者”つまり貧乏が被支配階級とする支配・被支配二層構造社会が出現し、この構造を更に強固にするために世襲・相続という差別制度まで編み出したわけです。
民主主義の現代社会に生きているわたしたちは、生まれた時は貧乏でも努力して頑張ればいつか金持ちになれると信じています。
この考え方は実は幻想に過ぎないのです。
貧・富問題という一枚のコインの本質は、金持ちは生まれた時から死ぬまで金持ちであり、貧乏人も生まれた時から死ぬまで貧乏人であるという点にあるのです。
金持ちの気持ちは貧乏人にはわからないし、貧乏人の気持ちは金持ちにはわからない。
“お金だ!お金がすべてだ!”と信じ込むのは現実主義の拝金主義ではなく、幻想に過ぎない超拝金主義なのです。
生まれた時から死ぬまで金持ちであり続けている支配者階級は、そんな幻想を追い続けているわたしたち一般大衆である被支配者階級をせせら笑っているでしょう。
結局の処、貧・富問題という一枚のコインは、生・死問題という一枚のコインが変形しただけに過ぎません。
死の問題を解決しない限り、貧・富問題など絵に描いた餅に過ぎません。