第十一章 死の正体

四本足動物から二本足動物への変化は脳の進化を促したが、二本手という退化も促したという功罪両面があります。
二本手という罪的側面は手の効用という功的側面を有するように、知性の進化という功的側面は地球の微妙な重力との均衡をますます保てなくなるという罪的側面があります。
生命力の正体である地球の微妙な重力との均衡が保てなくなると、唯一の親である地球との一体感がなくなり、自分という意識の部分観がますます頭をもたげてくる。
人間だけにある悩みや苦、そして、死の恐怖は、知性の罪的側面である退化現象に他なりません。
死の本質は、宇宙を貫く円回帰運動(誕生・生・死)の一貫性にあり、円回帰運動(誕生・生・死)の一貫性とは相転移現象に他ならない。
相転移現象とは「(静止)宇宙論」で述べましたように、平たく言えば、水の状態が、摂氏100度以上では水蒸気という気体、摂氏100度と0度の間では水という液体、摂氏0度以下では氷という固体に変化することを言います。
従って、円回帰運動(誕生・生・死)の一貫性とは相転移現象に他ならないとは、摂氏100度で水蒸気という気体から水という液体に変化することを誕生と言い、摂氏100度と0度の間の水という液体の状態維持が生であり、摂氏0度で水という液体から氷という固体に変化することが死に他ならないということなのです。
水蒸気という気体状態でも、水という液体状態でも、氷という固体状態でも、水つまりHO という分子化合物には何ら変わりはない。
わたしたちの体も水と同じ分子化合物の一形態であり、たとえ死んでも無機体の構成要素に変化はない。
ただ有機生命体という構造が消滅するだけのことです。
国家・社会・会社・家庭といった組織が有機体であり、組織の構成要員であるひとりひとりの人間が無機体であり、組織という有機体が消滅しても、構成要員の無機体は永遠に消滅しません。
つまり、死とは、組織、つまり、有機体の消滅に他ならない。
組織という有機体が自己意識という部分観の正体ですから、死とは自己意識の消滅に過ぎず、実在である無機体には何ら関わりがないのです。
わたしたち人間は、そんな幻想(映像)に惑わされ、悩みや苦、そして、死の恐怖に怯えて生きているのです。