第十章 生命力の正体

人間社会が自然社会を支配しようと科学を駆使する、この傲慢さが人間だけに悩みや苦をもたらし、挙句の果てに、死の恐怖の中で生きる羽目に陥らせているのです。
自然社会では、すべてが渾然一体と成って存在している、つまり、地球という唯一の親に包まれた全体感で生きています。
人間社会では、人間だけが独立体と考えている、つまり、自己を中心とした考え方の部分観で生きています。
地球と自己が一体とする全体感では自己意識などありません。
地球と自己が別々とする部分観だから自己意識が生じるのです。
ではなぜ人間という生き物だけに部分観という自己意識が生じたのでしょうか。
“地球という星になぜ生命体が存在するのか”という問題と関係があるのです。
生き物の誕生と進化を検証すると、水の存在、つまり、海の存在と深く関わっていることがわかります。
海(水)があったから、生命体が誕生した。
ではなぜ地球に海が誕生したのでしょうか。
地球の重力が海の存在を可能にしたのです。
重力とは星の重さと関わっていて、地球が海を存在させるのに適した重さであったからで、地球がもう少し重かったら、海は地球に吸い込まれて消滅してしまい、地球がもう少し軽かったら、海は蒸発してやはり消滅していたのです。
地球の微妙な重力が海の存在を可能にし、海の存在が生命体の存在を可能にした、つまり、地球上に存在する生命体を維持する生命力とは地球の重力に他ならないのです。
地球と一体感の生き物は、地球の微妙な重力と均衡が保たれているのに対して、地球と一体感になれない部分観の人間は、地球の微妙な重力と均衡が保たれていない結果であります。
ではなぜ人間だけが地球の微妙な重力と均衡が保たれていないのか。
四本足生き方から二本足生き方に変わったからです。
人間の体格で四本足なら、頭の位置はせいぜい地上50cmの辺りですが、二本足なら地上1m50cmになり、地球の微妙な重力の影響に変化を来たします。
この変化こそが、人間と地球の微妙な重力との均衡を破らせた原因であり、全体感から部分観に至らせた原因であり、自己意識を誕生させた原因であるのです。
一方、頭の位置の変化は、地球の微妙な重力の変化によって脳の構造の変化をもたらし、大脳新皮質を発達させ、その結果、人間だけに知性を与えたのでもあります。
わたしたち人間は、知性によって進化していると思い込んでいるが、功罪両面があることに気づかなければならない。
知性の誕生・発達は四本足から二本足への変化によってもたらされたわけですが、二本足・二本手の手は明らかに四本足の退化現象としか思われない。
運動能力において四本足の方が二本足より優れている点がそのことを証明しています。
そうしますと、二本足の生き方によってもたらされた知性とは退化現象とも言えます。
知性が科学をもたらし、科学が地球を支配しようとすることは、ますます地球の微妙な重力との均衡が保たれなくなる。
知性の誕生とは、地球レベルの全体感では退化現象であり、自己意識を持った部分観では進化現象に過ぎない。
人間だけにある悩みや苦、そして死の恐怖は、部分観、つまり、分裂症の為せる業であることを自覚すべきであります。