短編推理小説 「般若」(リストア版)

第一章 ハミダシ者同士
第二章 刑事・永井大作
第三章 刑事・阪本隆二


序章   プロローグ

般若の面は 四次元の世界を顕す
人の心を表わす般若の面
般若の眼は濡れている
喜びの涙か 怒りの涙か
哀しみの涙か 楽しい涙か
般若の口は笑っている
喜びの笑いか 怒りの笑いか
哀しみの笑いか 楽しい笑いか
いや それが 人の浅はかさ
般若は 同時に喜怒哀楽
今 ここ 喜び怒り哀しみ楽しむ
ひとつでも欠けたら般若にはなれない
人は浅はかにも喜びと楽しみを求める
人は愚かにも怒りと哀しみを避ける
求めれば それは逃げる
避ければ それは追いかける
般若は それを 教えている



あらためて

この作品は、平成13年8月15日からの三日間のお盆休みに一気に書きあげたものです。
主人公・永井大作のモデルである姫路在住の永井克宗氏が、是非とも原稿を早く読みたいと所望され、神明道路を突っ走るわたくしの車を無情にもパトロールカーにスピード違反容疑で追走されたことが昨日の出来事のように思い出されます。
作者と20年以上の知己関係にある永井克宗氏の祖母の実兄が、満州事変のきっかけとなった満州鉄道爆破事件の首謀者と言われている河本大作であり、同氏から得た実話にヒントを得て書き下ろしました。
明治16年1月24日生まれの河本大作ほど武士道の精神を貫いた人物はいないと確信したのは、彼の生涯を描いた「赤い夕陽の満州野ヶ原に」(相良俊輔著)を永井克宗氏から頂戴して拝読したときでした。
当時の日本人には稀有なほど立派な体格のみならず、実に潔く、清々しい精神の持ち主であり、日本を戦争に引きずり込み、人類史上唯一の被爆民にしたと今日まで罪人扱いされる軍人の中にも、これほどの人物がいたのも事実です。
太平洋戦争では、広島・長崎が悲劇の主人公にされているなか、沖縄の悲劇の方が実際に甚大だといわれ、その責任も軍部にあったと批判されていますが、「ひめゆりの塔」の記念碑には、沖縄のために命を投げ捨てた日本の軍人たちの名前がたくさん刻まれているのも事実です。
人間社会の悲喜劇は、国家や会社や社会といった組織の問題ではなく、どうやら個人の資質に帰結するようです。
組織の時代の20世紀までから、個人の時代の21世紀になったいま、もう一度個人の資質を検証してみたくなった次第です。

平成27年9月10日    新 田  論


終章   エピローグ

「警察の民営化もまんざら遠い先のことではなさそうですね」
永井刑事は満足そうに隆二の顔を見て言った。
永井刑事は「頼むぞ、この国を滅ぼすようなことのない様に」と言っているようだった。
本町のトーホー商事の前に立った隆二は、警察のサイレンが鳴り響く中、本社ビルを眺めて呟いた。
「こんな結末が待っていたとは」

―「般若」完―