第一章  はじめての悩み

「結んで、開いて、手を打って、結んで、
また開いて、手を打って、その手を上に、
結んで、開いて、手を打って、結んで」
健吾は、泣きながらも、手を動かしていた。
「みなさん、わたしが、これから、みなさんの先生になります。けんかをせずに、みんなよい子でいましょうね」
はじめて自由を奪われた健吾は、その窮屈さに押し潰されそうな気持ちになって、思わず泣きだしてしまったが、服部先生の優しい顔に目を奪われて泣きながらも手を必死に動かしていた。
「垣内健吾君。あなただけですよ、泣いているのは。他の子供たちは、笑って、元気な声で歌いながら手を上げているでしょう」
最初に、服部先生が健吾にかけた一声だった。
叱られていることは判っているのだが、何となく嬉しい気持ちになった健吾は、泣くのをやめた。
続いて、屋内の大きな講堂で、男の子、女の子が交互に並んでフォークダンスの練習が始まることになった。
またまたパニックに陥った健吾は、とうとう我慢できずに家に帰ろうとした。
「健吾君!どこへ行くの?元の場所に戻りなさい」と叫ぶ服部先生の声を無視して、表へ出ようとした健吾を、用務員のおじいさんが抱きかかえて服部先生の処へ連れて行った。
「言うことの聞かない子は、こうしますよ!」と恐い顔をして、講堂の壁際にある、小さな物置に健吾を閉じ込めた。
やっと、自由を取り戻せた健吾は、真っ暗な物置の中で自由を楽しんでいた。
こういう日々が一ヶ月も続いて、さすがの服部先生も母親に来てもらい、健吾をどうするか相談することにした。
「健吾ちゃん。もう幼稚園は止める?そんなに嫌なら止めてもいいのよ」と慰めてくれた母だったが、健吾は、毎日の物置の中で独りの自由を得る喜びと、服部先生の顔を見ることの楽しみで、本人なりに幼稚園生活に満足していた。
服部先生は、他の子供のように良い子にしていない健吾を、かわいがってくれた。
毎日、叱ってはいるのだが、時たま時間を見つけて、一緒に物置に入って、健吾と二人きりで話をしてくれていたのだ。
他に五人の先生がいたが、服部先生は子供たちから一番人気があったので、健吾は他の子供たちから羨ましがられていた。
「健吾!お前はいつも、服部先生と二人きりで物置にいることが出来ていいな」
「じゃあ、僕と一緒に叱られたら、いいじゃんか」
と健吾に言われた子供は、首を横に振って、
「お母さんに叱られるのが、恐いから、いいよ」
と言って、また羨ましがるのだった。
まだ五才の健吾だったが、この記憶は、そのあとの彼の人生に、時には大きな光を、時には大きな陰を投げかけてくるのだった。
垣内健吾五才、興隆寺幼稚園児。服部敦子二十三才、興隆寺幼稚園保母。
この二人の奇妙な幼稚園の物置での関係は半年続いた。
しかし、幼稚園の園長をしている興隆寺住職から、健吾に退園通知が出された。
ある日、突然のことで、服部先生にも事前通知はなく、園長が健吾の母を直接呼んで通達したのだ。
「そうですか。分かりました」とそれ以上何も言わずに健吾の母は了承した。
「いやだ!僕はいやだ!」と横で健吾は泣きながら抗議した。そして服部先生のところに行って、
「先生、僕明日から、もうここに来ちゃいけないんだって」
健吾に言われた服部先生は、事情が飲み込めず、健吾と一緒に園長室に入って行った。
「園長。どういうことでしょうか」と質問する敦子に園長は寺の住職とは思えない程、狡猾な表情で答えた。
「君は、何も余計なことに首を突っ込む必要はない。他の園児たちのところに戻りなさい」
「そういうわけにはいきません。健吾君もわたしが世話をしている園児の一人ですから」
園長に食い下がる敦子の唇は震えていた。
「服部君。今回の垣内健吾君の興隆寺幼稚園始まって以来の退園処分の責任の一端は君にもあるんだよ」
「どういう意味でしょうか?」
真っ青な顔をして敦子は園長に質問した。
「まあまあ、服部先生。わたしが了承したのだから、もうこれ以上は何も言わないで下さい」
健吾の母が、二人の間に入った。
その時、健吾が叫んだ。
「お母さん。僕は絶対に明日もここに来るからね」
健吾は四人兄弟の末子で、母親の垣内春子が四十才の時に産んだ子だった。
他の兄たちとは歳が離れて産まれた子供で、いつも不憫に思っていた。
「この子は、わたしが四十才の時に産んだ子だから、長く一緒にいてやることが出来なくてかわいそう」
春子はそう思うと、どんなに言うことを聞かない健吾であっても、叱ったことは一度もなかった。
また健吾の欲しがるものも何でも与えてきた。
その母親が、初めて怒った。
園長と敦子の前で、泣きながら健吾の体を抑えつけ、折檻とも思えるほどの激しさで健吾を叱った。
今までの母とまったく違う態度に健吾も唖然として抵抗する気にもなれないほどの驚きだった。
この母の怒りの顔を見るのは、これが最初で最後だった。
さすがにびっくりした敦子は、もうそれ以上何も言えなかった。
ただ、園長は、笑いながら春子に言った。
「垣内さん。そこまで叱らなくても。とにかく了承して頂いたのだから、ここまでにしましょう」
何とか、早く終わらせたいという気持ちだけで言っている園長の態度に敦子は怒りを憶えたが、春子の手前上、黙っていた。
「服部先生。半年間、お世話になり、本当にありがとうございました」
春子は、敦子に礼を言って、健吾の手をひっぱりながら園長室を出ていった。
「痛かった?」と部屋を出た春子は健吾の頭を撫でながら言った。
いつもの優しい母に戻っていた。
母の春子が服部先生のことを考えて、思いきり自分を叱ったことを五才の子供ながら理解していたので、健吾は笑いながら首を横に振った。
「ごめんね」
と泣きながら言う母の優しさを、健吾は一生忘れることはなかった。
服部先生と会えなくなったのは淋しいが、この半年間の、牢獄に閉じ込められたような苦痛から解放された健吾の喜びは、その後、彼の進んでいく人生において、決定的な要因となった。
人間にとって、すなわち、集団を構成する社会で生きていく人類にとって、と言う意味だが、自由というものほど重要なものはない。
健吾にとって、自分の活動を決定するとき、最大の要素が、自由を堅持できるか否かである。
幼稚園に入るまでは、まったく自由な生活をしていた。
もちろん、朝になったら、母から起きるように言われるといった、いろいろな規制はあったが、そんなものは、彼の自由を奪うものにはなり得なかった。
しかし、決められた時間までに起きなければならない、また言われた事をしなければならない、と事前に勝手に決められたことを強制される。それが社会生活のルールだと言われても、健吾にとっては合点がいかない。
自由奔放な子犬が、急に鎖に繋がれて、いろいろな制約を受けるのと同じだった。
やはり、時間にコントロールされることが、一番堅苦しいものであることを、健吾は子供ながら敏感に感じていた。それで幼稚園で他の子供と違う反応をしてしまい、それが、退園する結果となってしまったのだ。
百人以上入園した中で、健吾一人だけがはみ出し者になってしまったのだから、既に突然変異の種が芽を出し始めた。
母の春子と服部先生は、それを感じとっていたが、健吾の父は、それが理解出来なかった。
「どうしてなんだ。健吾は、そんなに気の弱い子だったのか?」
父の栄一は春子に言った。
「いえ、そうではありません。あの子は、自由というものの大切さを、子供心に知っていて、それを主張しただけです。わたしは勇気のある子だと思っています」
垣内栄一は、健吾の祖父が創設したソーネットという会社を引き継ぎ、その会社の社長をしている。
ソーネットは、コンピュータのソフトウェアー会社では大手の一社で、上場している立派な大会社である。
二代目社長を立派に果たそうと、必死にがんばっている栄一にとって、そんな健吾が、弱い子供に見えるのだった。
「健吾のどこが一体、勇気があるとお前は思うのだ?」
理解に苦しむ栄一だった。
しかし、自分が産んだ子だけに、春子は健吾の性格を熟知していた。
だから、自由にさせていたのだ。
「この子は、普通の子とは、どこか違う。大人でも分からないことを、既に直感的に分かっている節がある」
と思って、それが長所として将来、成長してくれることを願っていた。
自由の大切さを本当に知っている人間は、極めて少ない。
これだけ進歩した人間社会が近い将来直面する「真の自由」の本質を、大人よりも、五才の健吾が体で感じ取っていたのだ。