第三章  修学旅行

今まで、洗足小学校の修学旅行は六年生の一学期の初めと決まっていた。
それは、受験に備えるためである。
しかし、今年からは秋に変わった。
受験などする生徒がいなくなったからで、全員大田区の決められた学区の公立中学校に進学すると父兄たちが宣言したのだ。
だから試験などない。
小学六年生は、人間の一生の中でも、鮮烈な記憶が残る一年である。
中学や高校の卒業式よりも、生徒も先生も、長い六年間の思い出が一気に湧きあがり、別離の哀しさを感じて、一生忘れないものとなる。
そこへ修学旅行が秋になって、近くなって来る別離の感慨を深くさせる。
洗足小学校の卒業生は三つの中学校に別れて行く。
それぞれが住んでいるところで進学する中学校が違うのだ。
健吾と太一は別の中学校に分れるし、浩も二人と違う中学校に行く。
恵津子と佳代は同じ中学校で浩と同じだ。
修学旅行前の最後の夏休みは、みんなどこにも行かずに、お互いの家に集まっては、一緒に遊んだ。夏休み中、ほとんどみんな一緒だった。
これだけずっと一緒にいても、遊び、話すことが尽きない彼らの姿を見て、栄一と春子は目を合わせて笑いながら言った。
「本当に、いい学校で良かったですね」
「そうだな。俺たちの時代でも、これだけ良い思い出を残してくれる学校はなかったよ」
そして修学旅行も日本のルーツである伊勢に決まった。
二見浦の海岸に面している旅館に一行は泊まった。
部屋から二見の海岸の夫婦岩が見える。
翌朝早く、健吾たちは、夫婦岩を見に出かけ、二見神社で一生持ち続ける写真を取ることにした。
夫婦岩の間の、日の出の瞬間が取れる時刻は午前五時過ぎだったので、五人はそっと布団から抜け出て、二見神社に行った。
神主さんが掃除をしていたので、健吾がシャッターを下ろしてくれるよう頼むと、神主は彼らに尋ねた。
「今どき修学旅行に来るのは珍しい学校だね。どこから来たのかね?」
「東京からです」健吾が答えると、神主はびっくりした表情で言った。
「これは、また驚いた。関西の小学校は、昔はみんな伊勢が修学旅行先と決まっていたし、今でも結構多いが、東京からというのは珍しいね」
去年までの洗足小学校の修学旅行は房総の阿波だった。
まだ伊勢の歴史を知らない小学生だが、二見から見た夫婦岩に掛かっている大きな注連縄(しめなわ)の荘厳さや、昨日参った伊勢神宮の巨大な杉の木と、東京ではお目にかかれない五十鈴川の美しさは、東京には無い雰囲気を漂わせていることを、子供たちも感じた。
「良い所ね」
ポツリと佳代が言った。
複雑な家庭環境で育った佳代には、どこかに暗さがあったが、徐々に薄れて、今ではちょっとしたことにも感動出来る少女になっていた。
佳代と恵津子は、本当に親友になったようだ。
「そうね、本当にそうね。佳代ちゃんも、そう思う?」
恵津子も他人(ひと)のことに配慮してやれる少女になっていたのは、教育家庭に育ってプラスチック人間になりかけていたところ、奥多摩のキャンプ以来、父親の筆一が変わったお陰だった。
「浩君はわたしたちと、これからも一緒だから安心でしょう?」
茶目っ気たっぷりに恵津子が浩に言うと、
「うん。本当に良かったよ」
と素直に認めた。
「何だよ、浩。僕と健吾はどうでもいいのかよう!」
太一が言うと、浩は、「何でだよう!」と言って泣きだした。
「ごめん、ごめん」と言った太一の横で、健吾は浩の肩を叩いた。
「本当に仲のいい仲間なんだね」
神主さんが微笑んで言った。