第六章  再び夏休み

三年の夏休みに軽井沢に行ったことで、恵津子との溝ができたことを健吾は充分わかっていた。
そして四年の夏休みがやってきた。
「健吾。今年の夏休みも軽井沢に行くのか?」
父の栄一から聞かれた健吾は、「今度の夏休みは東京にいて友達と一緒に遊びたいから、軽井沢には行かないけど、いいでしょう?」
まだ恵津子との溝は埋まってはいなかったが、佳代と恵津子との間に友情が芽生えたことで、間接的ではあるが恵津子の気持ちを知ることが出来た健吾は、この夏休みを利用して回復させたいと思っていた。
太一は、恵津子次第だから、恵津子が打ち解けてくれさえすれば問題はなかった。
「健吾君、恵津子ちゃんが夏休みに奥多摩へキャンプに行こうと言ってるの。太一君と一緒に行く?」
佳代は、他人(ひと)の意向を考えないで自分の判断だけでものを言う子ではないことを健吾は充分承知していたが、「上村も、いいと言ってるのかい?」
と確かめてみたら、
「はっきりとは言ってないけど、わたしの感じではOKだと思うわ。だけど念のため聞いてみるわね」
「それじゃあ、僕は太一に聞いておくよ。絶対OKだと思うけど」
健吾は、やっと胸につかえていたものが少しずつだが消えていくような気分になっていた。
一学期の終業式が終わって、太一と一緒に帰る時に、キャンプのことを話してみた。
「本当かよう!驚きだなあ」
太一はびっくりした様子だった。
「どうなんだ?太一が行かなくても僕は行くよ」
健吾に脅かされたような気分になって、「行くよ、もちろん俺も行くよ。健吾が行かなくても、俺は行くよ」
わけの分からないことを言うときの太一は、心の中で何か考えごとをしていて上の空であることを健吾は知り抜いていた。
「僕が行かないなんて言ってないじゃないか!」
ちょっと怒ったような表情で健吾が言うと、
「悪い、悪い。俺ちょっといま変なんだ」
頭を抱えながら太一は言った。
「何が変なんだ?」
いつもの健吾なら、こんな意地悪の質問をしないのだが、心の中に冷たくも感じ、また熱くも感じるような何か得体の知れない衝動のようなものが、健吾らしくない振る舞いをさせた。
「分からないんだ、それが」
困った様子で太一は言う。
「分からないはずないだろう?」
ますます怒ったような表情で聞く自分に、その時猛烈な嫌悪感を持った健吾であった。
太一は、最近おとなしくなって考え込むことが多くなった。
佳代にはその理由が分かっていたが、佳代が口を挟むことではないと思い、黙って太一の様子を見ていた。
太一に対する佳代の気持ちは、兄に対するようなものであることを、佳代は子供ながら理解していた。
一方、健吾や太一が恵津子に想いを馳せるのは、異性に対する芽生えで、佳代に寄せる二人の想いとは全く異質のものだった。
どちらかと言うと兄妹のようなものであった。
健吾は佳代ほど理解していなかったが、恵津子に対するものとは違うことは分かっていた。
太一だけが、まったく理解できず、頭が混乱していたのだ。
恵津子に対する想いは強い。しかしそのことを佳代に対する裏切りのように思っていた。
しかし、健吾も恵津子のことを想っていることは解っていたが、それは容認出来るのだった。
一体何が正しくて、何が間違っているのか、訳が分からなくなっていた。
恵津子だけは、今は淡々と佳代との友情を楽しんでいた。
子供の世界でも、それぞれの思いはみんな違うし、誤解も錯覚もある。
その中で太一が深刻に悩みだした。
健吾は家で母親の春子に太一のことを話してみたが、
「お母さんは、太一君が一番大人になっているからだと思うわよ。お父さんに相談してみたら?」
去年の夏休み以来、父親の栄一は健吾と話す機会を出来るだけ多く持つようにしていた。
健吾が太一のことを相談し、春子が言ったことも話した。
「お母さんの言っている通りだと思うよ。それはだな、お前たち子供が女の子を好きになるのは、大人が好きになるのとは違うんだ。子供は相手が自分のことをどう思っているかは余り気にならない。自分がどう思っているか、そればかりだ。そうだろう、健吾も」
健吾は頷いた。
「ところが、大人になってから人を好きになると、自分がどう思うかより、好きな相手が自分をどう思っているかが気になるんだ」
健吾は理解できない。
「太一君が、恵津子ちゃんと佳代ちゃんに対する想いが同じだと思って、それで板ばさみになっているんだ。
はっきり言えば、佳代ちゃんに対して悪いことをしていると思っているんだよ。
それは、お母さんが言った、大人の気持ちに近いものなんだ。太一君はそれだけお前たちよりも、大人だということだ」
「それじゃ、どうすればいいの?」
健吾は太一に対して何かしてやりたいのだ。
「太一君の方が、お前より大人なのに、お前がどうこうしてあげられるはずがないだろう」
今度は健吾が落ち込みそうであった。