第三章  太一と佳代の帰京

大野武吉から栄一に電話がかかってきた。
京都の株式会社島田が倒産したため、美佐子と佳代が再び東京に戻ってくることになったのだ。
当然、太一も一緒に帰って来る。
「会社の整理と裁判のために、あと数ヶ月はかかるらしいが、子供たちは先に帰したいと美佐子が言ってるんです」
武吉は続けた。
「家はそのままに置いてあるので、しばらくは手伝いを置いて佳代の世話をしてやろうと思っています。政治家というのは、大したこともしていないのに、時間に追われる忙しさです。昔の政治家は自分の時間を充分持っていて、それぐらいの余裕がないと、いざという時に重大な決断が出来ないと思っていました。ところが最近の政治家は、分刻みにスケジュールが詰まっていたら安心して、少しでもスケジュールが空くと不安になる性癖を持ってしまって中味が全く無い。困ったものです」
栄一は、以前から政治家としての武吉に期待していた。政治家独特の臭いを感じさせないし、威風堂々として姑息なところがない。
美佐子と佳代のことでも政治家としての立場を気にせずに接しているところが男らしいと栄一は思っていた。
「わたしに出来ることなら、何でも言って下さい」
栄一は言った。
「いや、別にありませんが、また前のように佳代をよろしくお願いしたいと思いまして」
「健吾は、佳代ちゃんと太一君が戻ってくることを聞いたら喜ぶと思います」
そして太一と佳代は六月の初めに、再び戻ってきた。
健吾は東京駅に迎えに行った。
武吉に連れられて新幹線から降りて来た二人は元気な様子で、健吾の顔を見ると大喜びした。
「健吾、来てくれたのか」
相変わらずの太一の喋り方に、健吾は胸にこみあげるものを感じた。
「上村は・・・・」と健吾が言おうとすると、
「健吾。上村のことはいいよ。佳代ちゃんから聞いたから」
と言って、健吾に喋らせなかった。
「運動会のこと、お母さんから聞いたの。健吾君、かわいそうに」
横の佳代が泣きだした。
「心配してくれなくて大丈夫だよ」
健吾は笑いながら佳代に言った。
「だけど、あれだけ仲間として約束したのに、上村の奴」
太一の表情が変わった。
「太一。もういいよ」
健吾が落ち込んでいないのを知って二人は安心したようで、その話はそれ以上しなかった。
「だけど、健吾。お前、大きくなったな」
そう言う太一も佳代も、驚くほど変わっていた。
「太一も佳代ちゃんも、大きくなったよ」
三人が楽しそうに喋っているのを見ていた春子が、栄一と武吉に言った。
「体は大きくなっても、まだ子供ですね。だけど、いい友達がいて良かったと思います」
太一の母親も横で涙ぐみながら頷いていた。
そして三人は翌朝一緒に登校した。
二人とも健吾と同じクラスに入れられ、川端先生がみんなに紹介をした。
「みなさん、ほとんどの人は知っていると思いますが、谷山太一君と大野佳代ちゃんです。今日から、再び四年A組の仲間になります。よろしくね」
みんなは拍手して二人を歓迎した。
しかし、恵津子だけは下を向いて黙っていた。
健吾も太一も気がついていたが表情を変えないで、みんなと一緒に笑っていると、川端先生が二人に席につくように促した。
健吾の横に並べられた二つの机が、太一と佳代の席だった。
太一と佳代が隣同士になっていて、佳代は嬉しそうに健吾の方を見た。
「佳代ちゃん、安心したんだろうな」
内心、健吾もほっとして横に座っている太一を見ると、太一の表情が頼もしい。
久しぶりに、心が熱くなる健吾だった。
太一は今でも恵津子のことが好きだった。
しかし、健吾が恥をかいた運動会のことを佳代から聞いた太一は、京都の学校で怒り狂った。
今にも東京に戻りそうな勢いの太一を、佳代と美佐子でやっとなだめたのだった。
それだけに、いくら好きな恵津子でも太一は許せなかった。
授業の合間に恵津子が太一に話しかけた。
「太一君、元気そうね。また一緒のクラスね」
しかし、太一は口を閉じたままで、恵津子を無視してその場を離れていった。
そして隣のB組の教室に入って行った時には、健吾もさすがに慌てた。
二朗に喧嘩を売りかねない。
しかし、しばらく京都に行っている間に、太一はすっかり変わっていた。
「よう岩田」
二朗に喧嘩を売った浩のところに行ったのだ。
「よう太一。また帰って来たんだって?今度は俺も仲間に入れてくれよな」
浩は太一に歓迎の言葉を贈った。
「仲間って何だい?」
太一が首をかしげると、浩は自慢げに言った。
「俺と垣内は、仲間になったんだ。あいつはいい奴だなあ」
浩の言葉に感激した太一は、浩のことを気に入ってしまった。
「ああ、健吾の仲間なら、俺の仲間と一緒だ」
二人が話している時、二朗が教室に戻って来た。
二朗の気配を感じた浩は、太一に言った。
「太一、お前、京都にいたんだろう?京都や大阪の野郎はみんな女を放って逃げ出すような卑怯者ばかりなのか?」
二朗に聞こえよがしに浩は大きな声で言った。
「岩田。止めろよ、そんな言い方は。あっちにも、いい奴は一杯いる」
太一は、それだけ言って浩を止めた。
前の太一だったら、何を言い出すか分からないと思っていた浩は、太一の変貌ぶりに驚いた。
「太一、お前変わったなあ」
「うん、そうか?」
と言いながら、太一自身も自分の変貌に気づいていた。
太一は、二朗のことよりも恵津子のことを配慮していたのだ。
ここで、二朗をこけ下ろすことは結局、恵津子をいじめているのと同じことになると思った。
恵津子のことを許せないという理性と、好きだという感情が交錯していたのだ。
健吾は二人の様子を見ていて、ますます太一が大人になったような気がした。
「佳代ちゃん。太一はあっちではどうだった?佳代ちゃんのことよく守ってくれた?」
佳代も太一と浩の様子を見ていたので、健吾は聞いてみた。
「最初の頃は毎日のように、わたしを守るために喧嘩していたわ。だけど、そのうちにみんなが太一君のこと認めるようになってきたの。そしてみんな良い仲間になって、東京に帰る時も、見送ってくれたいい子たちだったわ」
佳代の話を聞いて健吾は、太一の変身ぶりに大いに刺激された。