第十四章  戦後教育の歪

「わたしは関西出身で、小学生の頃は、修学旅行と言えば必ず伊勢神宮と決まっていましたが、今は違うんですね。広島の原爆ドームを見に行くようですよ。戦後の教育思想が浸透し出した昭和五十年代から六十年代に様変わりしたようです」
帰りのバスの中で岩田武男が感慨深げにぽつりと栄一に言った。
「幕末の頃の国学者であった林羅山や荻生徂徠等は、聖徳太子を極悪人扱いしています。そして明治時代に入ると、明治天皇が自主的にされたのか、どうかは定かではありませんが、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)までして仏教を廃し、神道の復活を大々的に行いました。聖徳太子を仏教導入者だと決めつけた上でのそしりであったのでしょう」
さすが、長老だけに戦後の出来事を良く知っている。
日本の歴史は、千数百年間、神道と仏教という対立軸の下に争いが続けられて来た。
イスラエルとパレスチナ紛争、インドとパキスタンのカシミール紛争、イングランドとアイルランドの紛争などは現在なお泥沼の紛争が続いている。
「動物の争いは食べ物と子孫保存本能欲がベースですが、人間同士の争いは考え方の違いという誤解が、宗教上の相克と共に発展したものになっているから、解決の方法が無いのですね」
バスの一番前に座っていた筆一が二人の話を聞いて言った。
彼は、仕事柄海外に行くことが多く、いろいろな民族、宗教の違いを肌で知っているだけに、よく理解できた。
天皇家に反感を持つのは左翼思想、天皇家を絶対視するのは右翼思想と決めつける傾向が、この国には昔からある。
荻生徂徠のような学者でも、自分の祖先が物部一族であると、仏教推進派であった蘇我一族と一緒になって物部一族を倒した聖徳太子を不倶戴天の敵と見なし、聖徳太子を非難した。
そして明治以後敗戦前まで皇国史観の時代が続く。
戦後は、その反動が教育の有様を変えてしまった。
自分たちの祖先を敬うことは、宗教を超えて、大切なことである。親が子を想い、子は親の恩に報いるのは、動物の世界にも通用する自然の理である。
先祖を神とするかどうかは神道の宗教観であるが、先祖を敬うのは生物としての当然のことであり、道徳・倫理観を超えた道理であることを、今の日本人は忘れてしまっている。
「十万を超える神社があるということは、意味深いことだと思いませんか?」
栄一は誰に対してではなく、ぽつりと言った。
バスの中の全員が栄一の話に耳を傾けた。
「日本人千人に一社の割合で神社があるということです。わたしたちそれぞれが今ここに存在しているのは、十代遡ると一千二十四人の先祖が関わっているのです。
十代前の先祖に遡るということは、約三百年前のことです。日本に神社が最初にできたのは約一千六百年前です。そうすると五十代以上前の先祖が、わたしたちに直接関わっていることになります。五十代ということは一千兆人の先祖が関わっているわけで、地球上の人類はみんな兄弟であるということで、これは精神論ではなくて、生物学的な理論であるわけです。神社に参るということが、宗教を超えて大切なことを、今の子供たちにも教えてあげる責任が、わたしたち大人にはあると思います」
みんなが栄一の熱弁に感動した。