第十一章  奥多摩でのキャンプ・ファイヤー

中央高速の八王子インターを下りて、高尾山を尻目に北西に上がり武蔵五日市を越え、青梅街道に出る手前に奥多摩湖がある。そこから御前山を右に眺めながら行ったところに氷川キャンプ場がある。
二十三人を乗せたバスは昼過ぎに現地に到着した。
「最近、この近くにアメリカ村キャンプ場ができたようですよ」
上村筆一は案内役を買って出たので、事前に調べていたのだ。
「せっかくキャンプに来たのですから、今日は氷川キャンプ場で家族毎のテントを張って、キャンプ・ファイヤーをしようと思っていますが、みなさん如何でしょうか」
「上村さんにお任せしたのだから、指示して頂ければいいですよ、ねえ、みなさん?」
栄一が、みんなを代表して言うと、全員拍手で答えた。
「ありがとうございます」と頭を下げて礼を言う筆一を見て、恵津子は隣にいた健吾に、「ほら、すぐにでしゃばる癖が出てるわ。絶対に、これからはしないって言ってたのに」
「どうして、でしゃばることがいけないの?」
健吾は、恵津子に聞いた。
二人の間にあったしこりは完全にとれて、以前のような会話が出来るよになっていた。
「なぜか分からないけど、最近しきりに家で、ママに・・あっいけない!お母さんに言ってるの」
ママと言う癖になっている恵津子がお母さんと言い直したので、健吾は不思議に思って、何故か聞いてみた。
恵津子も素直に、父親の筆一に訴えた話を、健吾に告白した。
「ふうん、そんなことがあったの。僕は別にママって言っても構わないと思うけど」
「じゃあ、どうして健吾君は、お父さん、お母さんって呼んでるの?」
恵津子に聞かれて、健吾は何故か考えたが分からない。
「最初からそう言ってたからだよ」
「そうでしょう。健吾君の家は、お父さん、お母さんと呼ばせるようにして、わたしの家はパパ、ママと呼ばせようとしたからでしょう?どうしてアメリカ人でもないのにパパ、ママって呼ばせるの、おかしいでしょう?」
「そう言われてみれば、そうだな」と思う健吾だった。
二人が話しているのを、太一と佳代が見ていて、太一が佳代に言った。
「佳代ちゃん、二人とも、前のように戻ってよかったなあ」
本当に嬉しそうな太一を見て、佳代は思った。
「太一君って、本当に優しい」
その時、今まで感じたことのない熱いものが佳代の心にこみあげて来た。
それが、本当に人を好きになる兆しであることを佳代はまだ理解出来なかったが、健吾に対する想いがあるにも拘わらず、素直に太一の言うことに頷けたことに驚いた。
「わたしが太一君を京都に無理やり連れて行ったために、二人がおかしくなって、ちょっと気にしていたの。本当によかったわね」
心の底から、そう思える佳代の気持ちは晴れ晴れとしていた。
「それから明日の予定ですが、ここからアメリカキャンプ村を通って御岳山(みたけさん)の頂上まで登って、御岳神社の駒鳥山荘の宿坊で明日は泊まる予定にしています。御岳神社では昼食を頂いてから太々神楽を見る予定にしています。御岳神社は・・・・」
筆一が説明している時、大野武吉が栄一のところに寄ってきて、「さすが、PTA会長さんですな。段取りがいいですね」
と言って笑っていると、岩田武男が寄ってきて、「上村さんは、わたしのところへ来られた時に、何かを感じられたようで、それから人が変わったようです。今、一所懸命なんでしょうね。わたしも若い頃に、同じ経験をしたから、あの方の気持ちがよく分かります」
栄一や武吉より一世代上の武男の言葉は重みがあった。
二人は神妙な態度で武男の話を聞いていた。
その横で、腕白な浩が、太一の兄の浩に、「お兄ちゃん、僕と同じ名前だね。暴走族の親分だったんだって?それで運転上手なんだね。僕、お兄ちゃんみたいになりたいなあ」
「馬鹿、暴走族なんてなっちゃ駄目だ。お兄ちゃんは、暴走族だったことを恥ずかしく思っているんだ。だけど同じ名前か!よし、俺の子分、いや僕の弟子にしてやろう」
「やった!」と大喜びの浩に気がついたみんなは二人の浩に何があったのか分からずに、ただ笑っているだけであった。
午後からみんなでテントを張ったり、バーベキューの用意をしたり、キャンプファイアーの木を集めに行ったりと大人、子供がそれぞれの役割を与えられて忙しくしながらも、体を動かすことの楽しさを味わっていた。
「おい、健吾。お前、恵津子ちゃんと前のようになれて嬉しそうだな!」
太一に言われた健吾は、以前だったら「別に」と言っていたが、今は素直に「うん」と答えて微笑む子供に成長していた。
そして岩田家の家族がテントを張るのを健吾が手伝いに行って、浩に「僕、手伝ってやるよ」と言いながら、武男がテント張りに孤軍奮闘しているのを見て、「浩、何をしているんだ!お父さんが頑張っているのに手伝いをしろよ!」と怒ると、「うん、ごめん」と言いながらテントを張る浩の目には涙が溢れていた。
「浩、前にひどいことしたこと謝るよ。ごめんよ。それに西本の件でもひどい目にあって・・・。お前、本当は優しいんだな」
健吾がこんなに自分の想いを素直に表現出来る子になっていたことに、武男夫人と一緒にいた春子は驚きと喜びで胸が一杯になっていた。
いよいよ準備が出来て、太陽が沈む直前に、集めた木にみんなで火をつけた。
東京では見られない真っ暗闇の夜に無数の星と円い月だけが光る中で、「バチバチ」という音がして、二十三人のそれぞれの想いが一気に噴出したような炎を暗闇の中で辺り一杯に投げかけた。
それぞれの顔が炎という鏡に照らされて映し出されると、そこには二十三人の子供の顔だけがあった。
岩田武男はもうじき七十才になるのに、その表情は息子の浩そのものであったのを筆一は見て、あの日、岩田家の屋敷を訪問したときのことを思い出していた。
「とてつもない傑物だと思っていたのに、ごく普通の人物で安心した、その人が、今は子供のような表情をして本当に喜んでいる。人間なんて、そんなに変わらないもんだ。やはり子供の時が一番大切なんだ。そんな時に、塾やら習い事に追われる日々を送る子供はかわいそうだ。恵津子をもっと自然に育ててやらなければ」
胸に詰まされる想いでいる筆一のことを誰も知る由もなかったが、それはお互いのことで、それぞれが大人としての在り方を考えさせられる、一生忘れられないキャンプ・ファイアーの夜だった。