第一章  異質な子供

始業式にも一緒に登校した二朗と恵津子だったが、B組の教室の前で、浩が二朗につっかかった。
「おい、西本。お前、上村と仲がいいからといって調子に乗るな!」
まるで、健吾に以前つっかかった時と同じ台詞だ。
「お前が垣内か、谷山と仲がいいからといって調子に乗るな!」
と健吾につっかかって、太一と恵津子が隣同士の席になり、疎外感でいらいらしていた健吾が一気に爆発したことがあった。
浩も健吾と同じぐらい体が大きい。
その浩に凄まれて、たじろいだ二朗は、異質な人間の本性を露呈した。
「僕はえつ、・・、いや、上村とそんなに仲がいいことあらへんで。なあ上村?それに、調子なんか乗ってへんよ!」
完全に怖気づいているのが、ありありと窺える。
恵津子は気丈夫な性格だから、二朗を庇おうと、浩と二朗との間に分けて入った。
「岩田君、わたしと西本君が、仲が良いからといって、あなたから文句言われることなんかないわ!」
恵津子に言われてカッとなった浩は、恵津子の胸を突き飛ばして言った。
「女は黙ってろ!」
胸を付かれた恵津子は、苦しそうにその場にうずくまってしまった。
その時、廊下を歩いて来た健吾がその光景を見て一瞬立ち止まり、浩が仁王立ちしているのを見て、
「岩田の奴、また、喧嘩を売っているな!」
と思って止めに入ろうとした。
しかし、岩田の前に棒立ちになっているのが二朗であることに気がついた健吾の心に「このまま、様子を見てやるんだ」と悪魔が囁いた。
「堪忍してえや、岩田君。殴らんといてえや!」と手を合わせて、岩田に頭を下げている二朗の姿を見た健吾は、今までの胸のつかえが消えてすっきりしていく自分と、義憤の気持ちとが交錯する複雑な気持ちになった。
しかし、その後ろで恵津子がうずくまっているのを見た健吾は咄嗟に走りだした。
「やめろ、岩田!女の子に暴力を振るうのは最低だ!」
健吾の叫び声で振り返った浩は動揺した。
「垣内。お前も、こいつらには悔しい思いしているだろう。何で止めるんだ」
二朗に対する口調とはまるで違う。明らかに健吾を恐れているのがわかる。
自分の心情を付かれた健吾は、言葉に詰まったが、
「僕は何も、悔しい想いなんかしてないよ。それより、上村に何をしたんだ?
 苦しそうにしてるじゃないか」
止めに入ったのは、女の子をいじめるのは良くないからだということを健吾は言いたかったのだ。
「お前も上村のこと好きなのか?」と突然、浩に言われた健吾は「浩も、実は恵津子のことが好きだったんだ」と思うと、浩に親近感が湧いてきて、一瞬笑ってしまった。
「何かおかしなことを言ったか、俺?」
浩は健吾に聞いた。
一方、二朗はその隙を狙って姿を消してしまった。
「あの野郎、逃げやがった!」
と叫んでいる浩の足下で、苦しそうにしている恵津子に健吾は手を貸そうと思ったが、どうしても手が動かない。
やっと立ち上がった恵津子は、健吾に目も向けず、浩を睨み返しながら、その場を立ち去った。
「岩田、もう乱暴はやめろよ!」
と微笑を浮かべながら健吾は浩に優しく言った。
「垣内。お前、いい奴だなあ」と浩も笑って言った。
廊下での一部始終を、教室から多くの生徒たちが見ていて、誰からとなく拍手が起こり、それが喝采のエールへと広がっていった。
その時、川端先生が廊下に現れ、一体何事が起ったのか要領を得ないで首をひねりながら、
「みなさん!始業式が始まりますから、講堂に行って!」
と大きな声で言うと、生徒たちも、「はい!」といつもより元気な声を出して、がやがやしながら、講堂の方に走っていった。
「ああ、助かった!」
二朗は、何とか急場を逃れ、ほっとしていた。
恵津子のことを心配する気持ちがまるで湧いてこない自分に、何ら疑問を感じない哀れな子供であった。
生き馬の目を抜くことばかり考えて生きて来た典型的な商社マンの家庭で育った二朗の異質さが露見された事件だった。
学校教育も大切だが、親の躾が如何に大事であるかが、その後の二朗と、その両親の対応にも表れていた。
始業式にも出ず、二朗は家に帰り、事情を母親に話した。
普通の母親なら、叱って学校に追い返すところだが、二朗の母親の反応は違っていた。
「相手が悪いんやから、両親と学校が謝りに来るまで行かんでええわよ」と平然と言ったのだ。
これでは、自分を庇おうとした恵津子を放っておいて逃げ出すような男の子になるのも無理はない。
最近の、男の女性化、女の男性化現象が起きている原因は、こういった男の特性、女の特性を理解出来ずに、ただ男女同権だけを主張する大人たちであり、延いては亡国の士ばかりを造ってしまっているのである。
健吾は今回の事件を大した風には取っていなかったが、噂は春子の耳にも入り、春子は栄一に報告した。
「昔の大阪の子供というのは、みんな個性があり、独立心が旺盛だったのに、何故そんな子供が育つんだろう」
と栄一は首をかしげた。
日本が高度経済成長を始めたきっかけは東京オリンピックであった。
オリンピックに対する姿勢で、国家の姿勢が判る。
特にアメリカが注目に値する。
ほとんどの国で、オリンピックの開催地はその国の首都で行われる。
しかし、アメリカ、カナダ、オーストラリア、そしてオランダ等は違っていた。
これらの国は、首都が絶対という観念をまったく持っていない。首都を機能の一つとして捉えている。
オリンピックの開催数では断然多いアメリカの首都はワシントンで、経済の中心はニューヨークだ。だが両市でオリンピックが開催されたことはない。
カナダの首都はオタワだが、オリンピックの開催されたのはモントリオールとカルガリーだ。
オーストラリアの首都はキャンベラだが、メルボルンとシドニーがオリンピックの開催地だ。
オランダの実質の首都は王宮のあるハーグだが、オリンピックの開催地はアントワープとアムステルダムだ。
二十一世紀の国家像は、これらの国が代表している。
従来のサミットと称する先進国は、経済的側面が一番強く出ていたが、これからの先進国というのは文化の先進性が国家の先進性と判断される。
東京でオリンピックが開催されたことで、日本が飛躍的な経済成長を遂げることが出来たのは確かだ。しかしその反面、日本の持っている伝統ある文化が壊れていった。ある意味で二律背反的だから、経済優先すれば仕方ないことであったが、そのことを認識した国のリーダーがいれば、こんな歪(いびつ)な国家にはならなかったであろう。
そういう意味では一九七〇年の万博を大阪で開催した関係者は認識していたのであろう。しかし、そのフォローが間違っていた。
日本の戦後の奇跡的な成長の第二段階への分岐点が一九七〇年の万博だったと言っても過言ではない。
あの時、大阪が東京に匹敵する世界的大都市になれる絶好の機会だったのだが、万博が終わった途端に、大きな波が引いて行くように大阪の活気がなくなっていった。
政治と行政の失敗である。あの時、経済の中心都市を大阪にするべきだった。
そうすれば首都は東京、経済は大阪、文化・歴史は京都というバランスのとれた国家が出来あがっていた。
バブルの分散化が出来ていたのだ。
今、大阪、京都という町が滅亡の危機に瀕している。東京の一人勝ちの感があるが、それは結局、東京の崩壊でもあり、日本の崩壊でもある。
大阪、京都の町が退廃して、そこに住む人間までが退廃しているのだ。
事業家である栄一だが、今回の事件が象徴しているように、このままでは日本は滅びると直感した。
ちょうどその時、佳代の母親の実家である京都の呉服会社島田が倒産した。
大野武吉の支援も功を奏さず、百二十億円の負債総額はどうにもならなかったのだ。