第一章  試練

川端先生が帰って来た。
三年生になった健吾たちは、クラス替えがなかったので、みんな心配はしていなかったが、問題は担任の先生だった。
工藤先生は、人気がまったくなかったことを本人も自覚していた、その上に太一の乱暴事件で父兄からも信頼をなくしていたので、自分から校長先生にクラス担任を辞退して音楽専任にしてもらった。
そして川端先生が再び一年間のブランクをおいて健吾たち三年生のクラス担任になった。
「みなさん、またわたしが担任になりました。一年間お休みしていたけどごめんなさい。だけど先生は嬉しいです」
一年生で担任になってくれた時のクラスとは違っていたから、全員が川端先生をよく知っている訳ではなかった。
恵津子もその中の一人だった。
健吾や太一にとっては一番願っていた通りになったのだから最高の気分だった。特に太一は、山田先生を困らせた乱暴者だったが、一番信頼をしている先生だったから喜びもひとしお大きかった。
そして席替えも行われ、太一と恵津子が隣同士の席になったのだ。
健吾は太一と恵津子が前の方に並んで座っているのがいつも見える一番後ろの席になった。
理由は簡単で、この一年間で健吾の身長が大きくなってクラスで一番高くなっていたからだ。健吾は自分が大きくなったことを怨んだが、これだけは誰の責任でもなかった。
太一が後ろを向いて健吾の方にVサインを送ってきたら、恵津子も一緒になってVサインをして例の微笑みをする。
初めて愛想笑いをする自分が気持ち悪く情けなかった健吾は、心が暗くなっていくのを敢えて受け入れた。
愛想笑い、自虐的変貌。八才の子供には早すぎる経験が健吾を襲ってきた。
末子で育ったせいか、自分から積極的に行動する性格でなかった健吾だったが、最近の変わり様は父親の栄一にも判った。
「健吾に何かあったのか?様子がおかしいが」
栄一は春子に聞いた。
「やはり、そう感じられますか?わたしも三年生になった日からちょっと様子がおかしいことは分っていたのですが」
「まあ、放っておくことだな。自分から言ってきたら相談にのってやってくれ」
「はい、わたしもそれがよいと思います」
両親の心配をよそに健吾はどんどん内に篭っていった。
学校では、以前とまったく変わりなく振舞って、太一や恵津子とも同じように接していた。
今までは自分の思っていることと、まわりのこととのギャップがほとんど無かったのに、突然に襲ってきた出来事がそのギャップを大きくし、一種の分裂状態に健吾を追い込んだのだ。
分裂状態になるのが大人になる登竜門だが、八才の健吾にはあまりにも早過ぎる試練だった。
自己嫌悪にどんどん陥っていった健吾は、家ではほとんど喋らなくなってしまっていた。
そして、遂に鬱積していたエネルギーが爆発した。
隣のクラスの生徒と喧嘩をして、怪我をさせてしまったのだ。
学年でも一番大きな体格をしていただけに、相手はひとたまりもなかった。
「健吾。一体どうしたんだよう?お前が乱暴を働くなんて」
太一は心配そうに帰り道で健吾に言ったが、健吾は何も言えなかった。