第四章  転校の哀しさ

子供でも別れは辛い。
佳代が東京から京都に転居することになった。
佳代の母親の実家が京都にあって、実家に帰るらしい。
「わたし学校を変わりたくない。また新しい学校でいじめらるのいや!」
佳代は日頃めったに母にわがままを言う子供ではなかっただけに、母親の美佐子も悩んだ。
「こんなに嫌がっているのに、無理やり連れて帰ることはない」
父親の武吉も憤然として美佐子に言った。
「だけど、わたしの両親が、もうこれ以上東京に置いておくわけにはいかないと、今度は強硬なのです」
美佐子も困っていた。
美佐子の実家は京都で呉服会社をやっている。
着物の需要もバブル破壊から急激に落ち、京都の着物産業界も倒産が続いていた。
京都の卸商の中でも十本の指に入る株式会社島田は名門で、美佐子は大学を卒業するまで京都から出たことはなく、地元の大学を卒業して実家の会社で父親正太郎の秘書をしていたのがきっかけで、大野武吉と出会ったのだ。
初めて武吉を紹介したのは他でもない美佐子の父親正太郎だった。
武吉はもう五十才を過ぎて、郷里の山形の酒田に一家四人の家族がいた。
武吉は政治家にありがちな愛妾を囲うような人間ではなかった。
父親が大物政治家で、父親を見て育った武吉は政治家にはなりたくなかった。それで東京の大手都市銀行に入行して平凡な銀行員生活をやっていた。
ところが、父親が胃癌で急死してしまったのだ。
世襲議員と言われるのが嫌で、絶対に父親のあとを継ぐ気持ちはなかったが、父親の後援会が黙っていなかった。
結局、無理やり担ぎ出されて一回で当選してしまったのだ。
本意ではなかっただけに、代議士になっても、政治家独特の生臭い雰囲気はなかった。
それが、正太郎に気に入られ、美佐子と出会ったのである。
正太郎は近江出身の典型的江州商人で、一代で京都の呉服会社の中で十本の指に入るぐらいの規模にしたやり手であった。
京都では、江戸時代から御所や二条城に出入りする大店があって、政治の裏社会で暗躍する老舗の呉服問屋が結構あった。
株式会社島田は新興ではあったが、規模ではこれら老舗と張り合える実力のある大店だった。
しかし、老舗でなかっただけに政治家とのパイプがなかった。
大野武吉に一目で惚れた正太郎は、再々武吉を京都に呼んでは、舞妓・芸者遊びでもてなした。
武吉に芸者の中から愛妾を世話しようとやっきになっていた正太郎の気も知らないで、皮肉にも、美佐子が武吉に惚れてしまったのだ。
まさか、自分の娘が愛妾になるとは思ってもいなかった正太郎は、仕方なく美佐子を東京にやった。
ところが後継ぎの長兄が、親より先に死んでしまったため、正太郎は美佐子に家業を継がせることを真剣に考えた。
そして一年ぐらい前から、京都に帰ってくるよう美佐子をしきりに説得していた。
自分が紹介しておいて、仲が良くなったら人目を気にして東京へ追いやり、後継ぎがいなくなると戻そうとする父親の身勝手を美佐子は許せなかった。
だから、いくら日陰の身であっても、東京で佳代と二人で生きると決意していた。
しかし半年前に母親が死んで一人きりになった父親を、美佐子はさすがに見捨てるわけにいかなくなっていたのだ。
「どうしても、京都に帰るのか?」
武吉は美佐子に聞いた。
「はい、帰ります」
そばで聞いていた佳代が「わああ!」と泣きだしたが、美佐子の気持ちは変わらなかった。
しかし、正太郎が美佐子を京都に戻そうとした背景に隠れた事情が実はあった。
株式会社島田が経営危機に陥っていた。もちろんそのことを美佐子は知らなかった。
正太郎は堅実な経営をしていたが、バブルの頃に株式会社島田のメインバンクである第七銀行から押し付け融資をされた。ところがバブルが弾け、烏丸通りに面した十階建てのビルと土地が担保割れした結果、第七銀行から資金融資を停止された。たちまち資金繰りが苦しくなった正太郎は、サラ金に手を染め、借金は雪だるまのように膨らんでいたのだ。
正太郎の会社は今までよく持った方で、大手の卸し売り会社で既に倒産しているところがいっぱいあった。
正太郎が武吉に目をつけたのも、武吉が大物政治家の二世議員で、大都銀行と強い繋がりを持っていたからだ。
今までにも武吉の計らいで大都銀行から融資の融通を再々つけてもらって切り抜けてきたのだ。
そのことを武吉は知っていたが、美佐子には言えなかった。
とうとう佳代が引っ越す前日になった。
父親の栄一が発案して、健吾の家で佳代と美佐子の送別会をすることになった。
太一も母親と一緒に来た。
武吉と美佐子が困った様子でやって来た。
「佳代ちゃんはどうしたのですか?」と聞く栄一に武吉は言った。
「家から出ようとしないんですよ」
それを聞いた健吾と太一は咄嗟に家を出ていった。
佳代の家のベルを鳴らしても返事がない。
「佳代ちゃん、俺たちだよう!」と大きな声で太一が叫んだ。
二階の窓から佳代が嬉しそうな顔をして手を振った。
「待って、すぐに降りて行くから」
ドアーを開けた佳代は泣いていた様子で、目が腫れていた。
「そんなに京都に行くのが嫌なのかい?」と健吾が聞くと、佳代は「京都が嫌なんじゃなくて、新しい学校に行ったらまたいじめられるから」と言った。
佳代の言葉で太一は複雑な気持ちになった。
「俺みたいな奴がいるから佳代ちゃんがこんなに泣くんだ」と思うと、太一は居ても立ってもおれなくなって、突然言った。
「俺が京都に一緒に行ってやるよ、そしてずっと佳代ちゃんのこと守ってやるから」
そんなことはどだい無理だと分からない二人は、「そうしよう、そうしよう」と言ってはしゃいで喜んだ。
健吾は何となく分かっていたが、それよりも佳代と太一がはしゃいで喜んでいるのを見て、自分も一緒に京都に行きたいと思うのだった。
三人が健吾の家に帰って来ると、武吉と美佐子がほっとして、「本当に、みなさんのお陰で、こんな送別会までやってもらって」と礼を言った。
「わたしだけの送別会じゃないのよ。太一君も一緒に京都に来てくれるの、だから太一君の送別会でもあるのよ」
佳代が明るい表情でみんなに言った。
大人たちは黙ってしまって、誰も口を開くことが、しばらく出来なかった。
「みなさんさえ良かったら、わたしは太一を京都に行かせても依存はありません」
太一の母親が蒼い顔をしながら口を開いた。
大人たちは呆然として一言もなかった。
佳代と太一が「やった、やった」と言ってはしゃいでいると、
「僕も京都に行きたい」と健吾まで言いだす始末で、大人たちにとっては、とんでもない問題を抱えてしまった送別会だった。
しかし、健吾も太一も京都に本気で行くつもりだった。
太一の母親が悲壮感を漂わして言った言葉には冗談はなかったし、栄一も武吉も真摯に受けとめてはいたが、現実はそれほど簡単なものではなかった。
「健吾だってあと十年もすれば大学生で、東京を離れることもあり得るのだから、十年早くなっただけと考えるのもいいと思いますが」
そう言ってくれたことに対して、健吾は栄一を父親として誇りに思った。
しかし武吉と美佐子にとって、嬉しいことではあったが、到底受け入れられるものではなかった。
「ご好意はありがたく頂きますが、ご子息が佳代のために親元から離れてまでというのは、ちょっと行き過ぎだと思います」
武吉が言うと、美佐子も頷いた。
「そうですか」
そう言われれば、栄一もそれ以上強いることは出来なかった。
健吾は、大人の会話を聞いていて、何とも言えないジレンマを感じていた。
「どうしてなんだ?!誰も反対していないのに。みんなが感謝していると言ってるのに」
七才の子供では、大人の本音と建前の使い分けが理解出来ないのも当然だが、健吾はその矛盾に腹立たしさを感じていた。
「絶対に、大人の世界は間違っている」
そう思った。
日本という国は、特に本音と建前が混在していて、それが当たり前だと思われている。
何が本音なのか、自分自身でも分からなくなるぐらい建前の話しが多い。
それが高じると自縄自縛に陥って、自分の求めていることがまったく出来なくなってしまうのが日本人の大人の特徴である。
健吾は、この矛盾を敏感に感じ取っていた。
「やりたいことは、やりたいと言えばいい。それが何故言えないんだ?」
太一は思った。
「やっぱり、俺や俺のかあちゃんの言うことなど信じてくれないんだ」
同じ年頃の子供で、しかもまだ七才なのに、これほどの考えの違いができているのは、社会が原因であることは間違いない。
しかも、この現象は先進国になればなるほど多くなる。
未開発国や開発途上国では、大人になれば大きな違いが出るが、子供の頃の考えは貧富の差があってもそう違わない。
素朴さ故と一言で片付けることもできるが、まだ他にも大きな理由があるように思えてならない。
健吾はそれを探していた。
「佳代ちゃん、今は無理なようだけど、必ず行くからね」
健吾は佳代に言った。
「太一もその時には絶対に行くだろう?」
「うん」と太一も言った。
三人の中に、生まれて初めて芽生えた友情を確かめる健吾だった。